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シカゴ

chicago1.jpgブロードウェイ・ミュージカルの映画化。
舞台の演出をそのまま生かすことによって、非常にメリハリが効いた展開になっている。それによってレニー・ゼルウィガーとキャサリン・ゼタ=ジョーンズが演じる殺人犯二人の物語がコンパクトにまとめられており、また、突然歌い出すというミュージカル特有の表現も、さほど違和感なく受け入れられるのではないか。

(話の途中で突然歌い出すのは不自然なのでミュージカルは苦手だという人がいるが、そういう意見は理解できない。ある内容を観客に伝えるためには、セリフで伝えるか画像で伝えるか、音楽で伝えるか、詩で伝えるか、あるいは人形を使って伝えるか、小説のように文字だけで伝えるか、その方法はさまざまであって、ここではその手法として、一定程度様式化された歌と踊りを多用しているにすぎない。ミュージカルにおける伝達の様式は現実とは違うのでおかしいという人は、そもそも現実の生活にはタイトルが出たりエンドクレジットが出たりすることはないわけで、映画も現実とは違うのでおかしいというべきであろう。むろんそんなことは分かりきったこととしてみんな映画を見にいくわけである。ただ、内容が歌って踊ってということになると途端に拒否反応を示すのが訳が分からない。単に趣味が違うというのならまだ理解できるのだが。表現方法というものは多種多様であるということに頭が回らない人は、映画を含む創作物には縁のない人だと思う。だからそういう人は、普通の映画なら分かるけれどもミュージカルは分からないなどという余計な知ったかぶりをすべきではなく、創作の分野全般に対してなにも言わずにいる方が賢明だろうと思う。)

舞台では商業映画ほど表現の規制が厳しくないので、かなり強烈な内容でも上演可能だが、映画化するときどこまでそれを実現できるかというのもこの種の作品の見所の一つだと思う。
「プロデューサーズ」ではかなりそこに踏み込んでいて、ヒトラーを主人公とした劇中劇「春の日のヒトラー」とか、歩行補助具を使った老婆の群舞とか、ちょっとまちがえば抗議殺到ものだろうが、この映画の女受刑者が絞首刑となるシーンも、画面的はおとなしいものの、悪趣味の限界スレスレだと思う。しかし才能というのはそういうところに表れてくるもので、批判を浴びそうだからといってむやみにカットしては原作の持ち味をひどく損なうことになる。だからこういうのもアリ。むしろこの作品ではそこらへんがおとなしめではないかと思う(原作を観たわけではありませんが)。

キャサリン・ゼタ=ジョーンズ(写真上)は若い頃ブロードウェイの舞台に出ていたこともあるようで、踊りも演技もすごい迫力。でも体重がちょっと重め。chicago2.jpg

レニー・ゼルウィガー(写真右)はあいかわらず上手な俳優だけど、この映画では痩せすぎだ。
痩せすぎて胸がない!
歌は吹き替えかな。本人だとすると、声量はないけれどもきちんと歌っている。

リチャード・ギアはタップができるんですね。知らなかった。彼も声量はないけれども、歌も歌える。アメリカの俳優は層が厚いな。
にこやかな悪徳弁護士がぴったり。

劇中の曲では、女殺人犯たちが歌う「Cell Block Tango」と、リチャードギアとレニー・ゼルウィガーによる人形劇「We Both Reached For the Gun」が気に入りました

タフで下品で楽しい映画。

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