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野球界の再編とサッカー5/6

日本の野球は、結局これまで、たいした物語や作品を生み出すことができませんでした。野球ファンの誰もが共通に持つ伝説を生み出すことができませんでした。

ファンの一人ひとりの精神に刻み込まれた特定のスポーツに関する記憶が、そのうちの誰かによって形を与えられてさまざまな物語を産み、その高度に結晶したものが文学であるとするば、野球はいまだその名に値する結果を生み出していません。
その理由の一端は、この国の野球の隆盛が、本来の野球の魅力を矮小化した小箱の中で踊る芸能に基づくものでしかなかったとことと深い関連があると思えます。

たしかに「江夏の21球」(山際順二)や、「監督」(海老沢泰久)といった優れた作品がありますが、野球の長い歴史を考えれば、不毛といってもいいでしょう。
サッカーはJリーグの10年という短い時間の間に、すでに「決戦前夜」(金子達人)や豊田充穂の数々の著作を生み出しています。両氏の作品だけでも、質において野球界の生み出したどの作品に較べても遜色ないものだと思います(金子達人氏の現状がどうあれ、初期の作品は評価に値します)。

アメリカはなんといっても聖書とベースボールの国です。「老人と海」や「すばらしきアメリカ野球」やロジェー・エンジェルのエッセイに現われるアメリカの野球は、アメリカ人の精神に刻み込まれたこのスポーツへの思いの自然な発露であり、野球がこの国の国技であることを実感させてくれます。

はたしてわれわれの国のスポーツを扱って、これらの作品に匹敵するものがこれから産み出されることがあるでしょうか。

私には、サッカーでは起こりえても、野球には起こりえるとはとうてい思えません。
日本では野球はあいかわらずテレビ番組であり続けるでしょうし、スポーツ新聞はくだらない浪花節のタレ流し続けるでしょうし、そうやって野球そのものも衰退の道をたどることでしょう。

ついでにいうとサッカーを扱うスポース紙の記事は、野球の文脈でサッカーを語ろうとして語るべき言葉を見つけることができないでいます。無謀にもそれをテレビでやろうとしたのが、角澤氏のあの奇怪な実況中継でしょう。
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