トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

since2004.10.27

最近の記事

カテゴリー

RSSフィード

リンク

Search 

Ranking

ブログランキング・にほんブログ村へ

アクセスランキング

[ジャンルランキング]
本・雑誌
284位
アクセスランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
洋書
21位
アクセスランキングを見る>>

Calendar

01 | 2017/02 | 03
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 - - - -

+ アーカイブ
 

小さな英雄 抜粋1

ドストエフスキー
小沼文彦=訳
筑摩書房
ドストエフスキー全集第2巻
p261―296


誰でも書けるといったけれども、さすがにそれは言い過ぎで、「小さな英雄」の中には素晴らしい部分がいくつかある。
小説のヒロインであるマダム・Mを描いた箇所は、ここまでドストエフスキーが描いた中で、もっとも美しい女性描写。
かれはどこかでこういう女性を知っていたのだろうか。

その蒼ざめた、いくらか痩せ気味の顔、その顔に清らかで端正な顔立ちの非の打ちどころもない美しさと、掴みどころのない悩みを秘めた憂鬱そうなきびしい表情とはうらはらに、生まれたままの子供のような晴れ晴れとしたおもかげが、ほんのりと透いて見えることもたびたびあった。――まだそれほど遠い昔ではないなんでも信じて疑わなかった年ごろ、ことによると、無邪気な幸福な時代であったかもしれない年ごろのおもかげである。このおだやかな、だがおずおずとした、ためらいがちな微笑――それやこれやが人の心を打ち、この婦人に対して本能的な同情心を掻き立て、どんな人の胸にも思わず知らず甘い、燃えるような心づかいが生まれてくる。その心づかいがまだ遠く離れているうちから、大きな声で彼女がどんな人であるかを語ってくれ、まだ赤の他人なのに彼女を肉親のように思わせるのだった。しかしこの美しい女性はなんとなく無口で、なんとなく打ち解けないように思われた。だがそれでいて、誰かがその愛情を必要とするような場合、彼女ほど注意が行きとどき、惜しみなく愛情を分け与える人はなかったことは、もちろんである。世の中には、まるで人生の看護婦のような女性がいるものである。彼女たちの前では、なに一つかくさなくてもいい。少なくとも胸の痛み、胸の傷をなに一つかくす必要はないのだ。悩み苦しむ者は、勇敢に、希望を持って彼女たちのところに赴くがいい。重荷になりはしないかなどと心配することはない。ある種の女性の胸にどこまでも辛抱強い愛情と、思いやりと、すべてを赦す寛容な精神がどれほど多く見出されるか、それを知るものはわれわれの中にもめったにいないからである。こうした清らかな胸の内には、同情心と、慰藉と、希望の宝庫ともいうべきものが内蔵されている。しかもその胸は同様に傷を受けている場合が多い。なぜならば、愛情にみちあふれた心には、悲しみもまた多いからである。(p269)


このエントリーのタグ: ドストエフスキー 小さな英雄
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント