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カール・バルト戦後神学論集 1946-1957

カール・バルト
井上良雄=編訳
新教出版社
p355


カール・バルトは、キリスト教の神学者であるが、読んでみると、論理が明快で、しかも暖かい。
あのキリスト教関係者独特の、いやな臭みがない。
理知的で、平静で、しかも深く響く声がある。
井上良雄氏のすぐれた翻訳にも負うところが多いのだろう。

ユーモアもあって、以下のような部分には思わずクスリとさせられるが、それは、滝沢克己氏関連の書物に出てくる何人かの神学者を思い起こさせるからでもある。

「極めて真面目に敬虔に学殖豊かに洞察力鋭く企てられ遂行された神学ではあるが、ただそこには上から射してくる光がなく、晴朗さに欠けている、というような神学がある。しかし、そのような晴朗さがなければ、神学者は、この暗い地上での陰鬱な客であるより他はなく、ベートーヴェンやブラームスなどの域に達するのが精一杯というような、自分の兄弟たちにとっての不快な教師であるより他はない。神で始めようとしない者は、思索する人間として、自分の惨めさで――また全般的な惨めさで始めるほかはなく、自分と世界を脅かす虚無で始める他はなく、まったくの憂慮と問題で始めるよりほかはない。そして、彼は、やがて、極めて短い旋回運動の後で、彼が開始したちょうどその所で、またもや終わるであろう。彼が安堵の息をつくことはなく、恐らく安堵の息をつかせないことが、自分の特別な重大な義務だと、彼は、思うことであろう。」
(p236-237 自由という贈物)


カール・バルト戦後神学論集 1946‐1957
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