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貧しき人々

ドストエフスキー
安岡 治子=訳
光文社
光文社古典新訳文庫
p334


ドストエフスキー25歳のときの処女作。
一夜にして、その時代を代表する新進作家になったエピソードは有名。

作品が完成するまでの焦燥にかられた日々の様子を書簡集か何かで読んだことがあるのだが、その中に、プーシキン(ツルゲーネフだったかもしれない)が処女作を完成させるまでに30回も書き直したことを引いて自分自身を叱咤激励するくだりがあるのだが、この作品も、そうやって何度も何度も書き直したらしい。

それだけの時間と工夫をかけて書簡体の非常に技巧的な作品を完成させた。
技術面だけではなく、内容面においても、作家の野心と才能を見せつけている。
都市生活を送る貧しい人々の心理をこんなふうに描いた小説はそれまでになかったはずだ。

この作品を読むのは、高校生、大学生のときに続き3度目である。
以前の2回は新潮社の木村浩訳で読んだ。

数十年ぶりなので、細かいところはすっかり忘れている。
泥に落ちた本を拾い上げながら息子の棺の後を追う父親のシーンが有名だが、かなり前半で出てきているのは意外だった。
昔のようには感激しなかったのは、年取って鈍くなったせいか。

それと、読み較べたわけではないので印象にすぎないのだが、安岡訳は、なんだかフワフワしているような気がする。平易な訳になっているのだろうが、昔のものに較べると、冗長。
(これは、この翻訳にとどまらず、昔と今の日本語の問題なのかもしれない)

ただし、訳者解説の背景説明は参考になった。
ワルワーラと大学生ポクロフスキーと大地主ブイコフの関係にびっくり。
アンナの家というのは、そういうことだったのか。初めて知った。
そう言われれば、そのとおりで、いろいろ納得できる。

当時のロシア人読者は、説明なしでもピンときていたのだろうな。
時代も国も違うわれわれは、そういう背景は、説明されないと分からない。
そう考えると、小説の全体像をきちんと理解するというのは、なかなか難しいものである。

ただ、優れた小説は、それなしでも通用する。
現に、この解説なしで3度も読んで、それなりに満足していたわけだし。
そのことで作品の評価が変わるかというと、それは関係ないみたいだ。




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