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小説作法

永井荷風
青空文庫
p9


読書は閑暇なくては出来ず、いはんや思索空想また観察においてをや。
されば小説家たらんとするものはまづおのれが天分の有無のみならず、またその身の境遇をも併せ省みねばならぬなり。
行く行くは親兄弟をも養はねばならぬやうなる不仕合の人は縦へ天才ありと自信するも断じて専門の小説家なぞにならんと思ふこと勿れ。
小説は卑しみてこれを見れば遊戯雑技にも似たるもの、天性文才あらば副業となしてもまた文名をなすの期なしとせず。

青春意気旺盛の頃一、二の著作評判よきに夢中となりその境遇をも顧みず文壇に乗出で、これからといふ肝腎な所にて衣食のために濫作し折角の文才もすさみ果て、末は新聞記者雑誌の編輯人なぞに雇はれ碌々として一生を終るものあるを思はば、一たん正業に就きて文事に遠ざかるとも、やがて相応の身分となり幾分の余裕を得て後再ふたたび筆を執るも何ぞ遅きにあらんや。


春意気旺盛の頃一、二の著作評判よきに夢中となりその境遇をも顧みず文壇に乗出で、これからといふ肝腎な所にて衣食のために濫作し折角の文才もすさみ果て……」というくだりを読むと、葉山嘉樹を思い起こすのだが、とはいっても、そういう無謀な人生を選ぶ人がいる、なにかに取り憑かれたようにそうせざるを得ない人がいるということも、芸術の成立基盤の一つだと思う。ゴッホにしても、ドストエフスキーにしても。



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