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葉山嘉樹集-22 ⑮流旅の人々

⑮流旅の人々

1939年(昭和14) 45歳

ヨーロッパで第二次世界大戦が始まった年である。
この作品に関する感想文はこちらに書いた。

 流旅の人々 1/2
 流旅の人々 2/2

主人公――作者――が飯場から東京の家族に送った一俵の米俵のエピソードが、家族の貧窮度を物語っている。

そこも依然として、荒涼たる住居であった。出発した時と違ってゐるのは、台所に白米が一俵転がってゐる事だった。
花田の送った白米だった。

子供達は口々に、
「お父さん、お米たーくさん送って呉れたね。一と月も一つ月半もあるって、お母さんが云ってたよ」
と、米を送って来た事を、非常に喜んでゐるように見えた。――

「お米って云ふものは、有難いものね。こんなにも有難いものだとは、いままで思はなかったわ。一升買ひをしてゐると、毎日々々追っかけられるやうで、油断も隙もないんだけれど、運送屋さんが夕方、お米を持って来てくれた時には、嘘かと思ったわ。それでも、ちゃんとわたし宛だし、お勝手にどしんと置いて運送屋さんが帰ってしまふと、急になんと云へばいいんだか、俵の前に座りこんでしまったのよ。あんたが居ないんだから、一日に六合も炊けば沢山だし、お麦を混ぜて吹くんだから、二た月はたっぷりあるでせう。二た月もお米があると思ったら、気が緩んでしまってぼんやりしてしまったわ。うっとりして、お米の俵に捕かまって、お米ってなんて気強いもんだらうと思ったわ」
と、花田の女房は云ふのだった。(p197-198)


作者も作者の家族も、まかりまちがえば餓死してしまう、その寸前のところで暮らしているのだった。その中での作家活動だった。

それにしても、このような貧困を一緒に耐え子供を育てた妻、一家心中がテーマのあの「一寸待て」の中で、小金が入って有頂天になった主人公を「なんだか浅間しい」と冷静にたしなめる妻、ここで一俵の感想を語っている妻とは、いったいどのような人物だったのだろう。

作者が32歳の時、13三年前に駆け落ちして長野から上京した相手であるが、この妻の力がなかったら、この一家はとっくの昔に雲散霧消していたのは間違いないと思う。

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