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葉山嘉樹集-13 ⑦今日様(2)

山村の初夏、五・一五事件の号外は、この山村にも、その翌日は報道された。
山田は、その号外の内容と、農村の家庭争議との中間に挟ってゐた。――

「俺は人類の理想と云ふことを考へてゐる。人間が必然的に踏んで行かねばならない、社会の歴史と云ふものを考へてゐる。人間が正しい方向に進む為には、俺の一身を犠牲にしても、厭はない、という決心を持ってゐる。だが、同時に、俺は、俺自身や俺の家族の事を、最も、身近に感じ、その利害の為に、目先きの仕事を追っかけている。――

俺は、物慾一点張りの親爺や、その長男たちよりも、自分を優れたものと思ってゐる。そして、その理由は、俺が、人類の理想と云ふ呪文を知っている、と云ふ丈けの理由からだ。そして、その呪文を知ってる俺は、何の通力も持たないで、軽く見てゐる人間の処へ、恥知らずにも転がり込んでゐる。

そして俺は、内心、藤蔵夫婦の喧嘩の仲裁役を鼻先きで扱ってゐる。利息や借金の搦んでの結婚や、その仲裁を、厭はしいものと思ってゐる。それは小さい事だ。取るにも足らぬ事だ。卑俗な事だ。と思ってゐる。

が、さうだらうか。俺が優れてゐて、親爺たちが劣ってゐるのだらうか。考へ方が違ってゐる丈けで、人間の値打に高下をつけて、俺は居たんでは無かったか。

俺は、呪文のやうに決まってしまった、考へ方の上に立って、人を単純に片附けてゐたのぢゃなかったか。

さうだ! 人間としては、誰でも同じだったんだ。これが大切ななことだったんだ。考へ方が違ふと云ふ丈けで、人間の値打まで差異はないんだ。だが、さうだろうか。――」

山田は、自然の美しさと、うららかさとの中で、ひどく憂鬱に考へ込んで歩いた。
(p328-32)


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