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葉山嘉樹集-12 ⑦今日様(1)

⑦今日様

1933年(昭和8) 39歳

⑥「海底に眠るマドロスの夢」から五年後の作品。
この間、世上では多くの出来事が起こっている。
もはや声高に「労働者」「権利」「待遇改善」を叫んだりすることはもちろん、「自由」という言葉を口にすることすらはばかられる時代になっていた。

作風は明らかに変わっている。
舞台は海から山村になった。
海上労働者の苦闘を描くのではなく、農村や飯場で働く人々の暮らしを描くようになった。
左翼的なイデオロギー用語はまったく姿を消している。

この作品では、親戚夫婦の仲裁を頼まれた主人公――作者――を中心に物語が進む。
どこにでもありがちな夫婦喧嘩を題材に、なかなか読ませる作品をつくってしまうのは作者ならではである。
そして作品の趣は、作者が若いころ耽読したというゴーリキーやトルストイ、ドストエフスキーらの作品を連想させる。
生涯のうちで、これらロシア作家の視線と表現にもっとも接近した時期だと思う。

こうした作品の変化は―とくにイデオロギー用語の消滅は―言論弾圧の強化によるものであることはもちろんであるが、それだけではなく、作者が社会主義の公式イデオロギーに飽き足らず、より人間の生の実相に踏み込もうとした結果であり、硬直した党派的立場からは後退に映ることはあっても、実際は、作家・芸術家としての前進であるはずである。

ただその一方で、農村に暮らす作者自身を描きながら自分の思想的立ち位置を探すその姿は、ともすれば私事のみ描こうとする日本の伝統的な私事《わたくしごと》作家―心情作家に陥る寸前の、危ういところにいるようにみえる。

かれらはあまりに自分のこにかかわりすぎるのだが、といってその関心は自己の探求には向かわず、身辺雑事に関するとぎれとぎれの感想を呟く、さしずめ現代のブロガーやツイッタラーの由緒ある先達とでもいうべき存在で―それもあながち悪いわけではないが、人間とその社会を物語という形で根源的に描き出そうというのが現代の作家の使命であるとするならば、創造の放棄であり、現代文学からの転落であると言わざるをえない。

もちろん当時の時代背景にあっては、とくにかれのような立場の作家にとっては、作品の中で社会性を打ち出すことは危険きわまりないことであったから、私事への韜晦の中に創造の努力を潜めるということはあっただろう。

しかし、これはいったいなんだろう。
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