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流旅の人々(1/2)

葉山 嘉樹
筑摩書房
筑摩現代文学大系36
p494


「流旅の人々」(1939年―昭和14)は、山奥の飯場を渡り歩く現場作業員とその家族を描いた落ち着いた印象の作品であるが、作者は疲弊している。作品も衰弱している。先立つ「氷雨」(1937年―昭和12)ほど表立って諦観があらわれてはいないが、同じ線上にある作品である。

この衰弱はなぜだろうか。あの爆発しそうなエネルギーに溢れた「海に生くる人々」からわずか13年、この著しい変化はどこから来たのだろうか。

いうまでもなく、国家権力による容赦ない弾圧が大きな理由である。左翼思想の発表の場を根こそぎ奪われ、生活の糧を得る手段をほとんど失い、常時特高警察の監視下に置かれた作者と家族は、貧窮の度を深めていく。

作者が「淫売婦」で華々しくデビューした1925年(大正14)から「流旅の人々」を発表した1939年(昭和14)は、日本が急激にファシズム国家に変貌し、太平洋戦争へ突入していった時期である。作者の居場所はほとんどなくなっていた。

二つの作品が書かれる間に起こった重要な出来事を並べると、

1925 (大正14) 治安維持法制定
1928 (昭和 3) 特高警察設置
1929 (昭和 4) 世界恐慌起こる/小林多喜二「蟹工船」発表
1931 (昭和 6) 満州事変
1932 (昭和 7) 五・十五事件(犬養首相暗殺)
1933 (昭和 8) 小林多喜二虐殺/国際連盟脱退通告
1935 (昭和10) 天皇機関説問題
1936 (昭和11) ロンドン軍縮会議脱退/二・二六事件(高橋是清ら暗殺)
1937 (昭和12) 蘆溝橋事件・日中戦争はじまる  
1938 (昭和13) 国家総動員法発令
1939 (昭和14) 欧州で英仏・独開戦。第二次世界大戦はじまる。

まったく左翼活動をやる人々にとっては絶望的な時代に生まれあわせたもので、ほんの十数年前には、アジアで初めて立憲君主制のもとでの議会制民主主義を実現して、そのおかげで(というふうにヨーロッパ列強に蹂躙されるアジア・中東の国々は見ていたらしい)英米仏伊に並ぶ世界の五大強国の仲間入りした大日本帝国が、あっというまに恐るべき全体主義国家に変わってしまうとは誰も思っていなかっただろうから、若い頃にマルクスなどにかぶれたインテリ層は、後々地獄の目を見ることになったのである。

ソヴィエト・ロシアが人類の楽園である――少なくともそれを本気で目指しており、しかも実現可能であると信じていた当時の社会主義者の幻想を取り去ってみれば、君主制とはいえ、憲法と普通選挙制度を持つ大日本国憲法は、その頃の世界水準でもかなりのレベルであったはずだが、最も民主的といわれたワイマール憲法のドイツとともに、さほど年数をかけずに軍事独裁国家への転換をなしとげ、しかも、憲法改正などという形式にとらわれずにそれが実現できたことは、後学のための有益な事例である。

葉山嘉樹のデビュー作「淫売婦」と代表作「海に生くる人々」は、労働運動に参加して逮捕収監された刑務所の中で書かれた。
デビュー直前の1924年(大正13)に禁錮七ヶ月の判決で巣鴨刑務所に服役して以降、逮捕されることはなかったが、特高が度々やってきては警察署に連行され、取り調べを受けていたようである。
その後、継続的に作品を発表しながら、生活の道を求めて、飯場に入ったり農家をやったりしている。
中国との戦争はすでに始まっていた。
生活は苦しくなる一方だが、浪費癖と飲酒癖もその原因であったらしい。


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