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Harry Potter and the Deathly Hallows

J.K.Rowling
Harry Potter 7
Bloomsbury
P607


ハリー・ポッター・シリーズの最終巻
「ハリーポッターと死の秘宝」
とっくに日本語版が出ていて、映画もPart1が上映されたようですが、ようやく読みました。

お正月に読んだのですが、これがメチャクチャ面白かった。
メチャクチャ面白くて止まらなくなって、連日連夜、夜中まで読み続けました。こんなに熱中したのは久しぶりです。

世界的な人気を誇った大長編小説の最終巻とあって、オールスターキャスト、大団円で終わるわけですが、あちらこちらに散りばめられた読者サービスが心憎いばかり。エピローグは、まるで「戦争と平和」みたいだなと思っていたら、そこにもさりげなくプレゼントが置かれていて…うん、ジーンと来ますね。

このシリーズ、楽しく面白かったけれども、最終巻のスネイプの圧倒的な存在感によって、作品が深みを増しました。

物語そのものは、いくらシリアスになろうとも、暗鬱になろうとも、基本は子供向けのファンタジーですから、しごく健全です。ハリーとその仲間たちは、勧善懲悪の世界のヒーローですから、われわれはついていくだけです。そうすればハラハラドキドキの大冒険と楽しいエンディングが待っています。それがお約束ですし、この作品はその約束をこれ以上ないレベルで果たしてくれます。

ただ、そうした役回りのせいで、ヒーローたちの人物像は、平板に思えてきます。というのも、唯一スネイプだけが、タガがはずれた理不尽さに見舞われているからです。巨大な理不尽さを悲劇といます。かれだけが悲劇性をまとっており、その現実性に較べれば、ハリーもダンブルドアもなんだか影が薄い。

……………

最後の最後でわれわれは、現在もホグワース校にスリザリンが存在することを知ります。これはかなり意外です。あれほど反ホグワース的な振る舞いに終始したスリザリンが、なぜいまだに存続できるのか。

作者はあえて、それを残したのではないかと思います。
なぜなら、現実の人間がホグワースに入るとしたら、どこに入るでしょうか。
グリフィンドール? ハッフルパフ? レイブンクロー?

簡単に悪に傾きがちな現実の人間を考えれば、スリザリンでしかありえないと思います。自分の中の闇をそうやって認識することが、童話の世界から現実世界で生きることのはじまりなのかもしれません。

とすればスリザリンは、架空の世界と現実の人間をつなぐ場所として、あの物語の中でわれわれが存在できる場所として、作者が読者に残したのかもしれません。

そして息子とともに駅にたたずむドラコ・マルフォイ。
あれほどの暗闇を生き延び、無事大人になることができたかれの姿は、なぜか非常に印象的です。

そして最後の最後のシーン。
あそこでは、作者が現実の人間の可能性としてのスライザリンの英雄性と悲劇性を讃えることによって、われわれにエールを送っているではないでしょうか。
それによってたしかに、この長大な物語は、見事な完結を迎えることができたのだ思いました。
このエントリーのタグ: ハリー・ポッター
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