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2017年10月のエントリー一覧

  • マレー蘭印紀行

    金子光晴1940中央公論社中公文庫p.184作者45歳の時の作品。その8年前、欧州から帰国の際に立ち寄ったマレー半島の風物。次第に戦争の色合いが濃くなる中、海外植民地で働き暮らす日本人、中国人、土地の人々の模様。70歳代半ばで書かれた東南アジア・欧州3部作に較べると、暗く重たい。...

  • Thinner

    Stephen King1984Hodder & StoughtonP341呪いをかけられてだんだんやせ細っていく人の話という裏表紙の紹介を読んで、なんだかおもしろくなさそうだなと思って読んでみたら、謎解き、家族の危機、追い詰められた主人公の意外な反撃、危険な美少女の登場といったハラハラドキドキのストーリーに、アメリカ肥満社会への文明批評まで絡めてグイグイひきこまれ、途中でやめることができなくなってわずか3日で読んでしまった。この小説...

  • Duma Key

    Stephen King2008Hodder & StoughtonP691691ページもあるので、なかなか大変かなと思ったが、いつのまにか半分、3分の2がすぎ、ひと月もたたないうちに読むことができた。辞書を引くのが面倒くさかったので、一度も引かないまま進んだ。それでも読めたのだが、やっぱり、引いたほうがよかったかもしれない。意味がわからない部分があると、そこを含めて全体のがぼんやりしてしまう。読んだときは面白かったけれども、もう印象が薄...

  • モーム71:芸術の意義

    (大意)もし芸術というものが道楽以上のものであって、ひとりよがりの場ではないとするならば、それは人格の形成を促し、正しい行動ができるように人を育てるものでなくてはならない。こんな真面目な結論は、わたしはちっとも好きではないのだが、この点は認めざるを得ないと思う。芸術の意義は、その成果で測られるべきであって、そういうものがない場合は、その芸術は無価値である。ところで、不思議な事実があって、わたしには...

  • The Moon and Sixpence

    Somerset Maugham1919Vintage BooksP215サマセットモームといえば、代表作はやはり、Human Bondage(人間の絆)の4年後に発表された、本書The Moon and Sixpence(月と6ペンス)ということになるらしい。高校生の頃、図書館に新潮社世界文学全集があって、その31巻がモームⅡ。それを借りて、「ラムベスのライザ」「月と六ペンス」「お菓子と麦酒」「劇場」を読んだが、あまり面白くなかったということは覚えている。わざわざそんな...

  • モーム70:一部の集団のための芸術は、たんなる遊び道具にすぎない。

    (大意)もし美が人生における最大の価値の一つであるとするならば、美の鑑賞能力が、特定の階級だけに属する特権であると考えることは難しい。選ばれた者だけが持つ感覚が、人間が生きていくうえで必要であるという理屈を押し通すのは無理がある。しかし美学者たちが主張しているのはそういうことである。正直言って、わたしも若いころは愚かにも、芸術とは……人間の営為の頂点であり、人間の存在意義であり、選ばれた少数によって...

  • ライフシフト ~人生100年時代の人生戦略~

    リンダ・グラットン/アドリュー・スコット2016池村千秋:訳東洋経済新報社p.414「ライフシフト~人生100年時代の人生戦略~」というタイトルとサブタイトルはまったくそのとおりで、こういう本がついにベストセラーになったということ自体が、超高齢社会の進展を物語る。10年前に、本書の内容を書いても言っても、ほとんどの人は耳を傾けなかったのではないだろうか。ただ、同じような内容は、断片的には、高齢者に関する専門...

  • 西ひがし

    金子 光晴1974中央公論社中公文庫p274三部作の最終巻。妻美千代の不倫をきっかけにしたヨーロッパ行きではあるのだが、金子光晴はそうはいっても妻に縛られるつもりは毛頭ないようで、あちこちの街でよろよろしていて、商売女には手を出さなかったとどこかで書いているのだが、信用はまったくならない。妻に対しても男の手前勝手な倫理観を押し付けいるわけではぜんぜんなくて、むしろ逆のようですらあったらしい。そういうふたり...

  • 金子光晴20:印度の女

    彼女が見るということが、すでにおもわせぶりな表情をつくりだして、ただならぬおもいをあいての心に掻きたてるようであった。印度の女だけがもっている、つくられたものではない、生まれながらの情念の眼であった。こういう女のいる限り、男たちにとって、生きるということは、その女たちのゆく先の先までついていって見とどけることであった。(西ひがし p.215)...

  • 金子光晴19:詩

    ……十年近く離れていた詩が、突然かえってきた。それほどまでに自分が他に取柄がない人間だと意識したときは、そのときがはじめてで、その時ほど深刻であったことはない。(西ひがし p.164)...

  • 金子光晴18:無題

    なんと、この人生から、愛情が色褪せてしまったことか。僕がただ気付かなかったというだけかもしれないが、人々の愛情をあてに生きることが稀になったことか。愛情が恥辱となるときが、なんと近々と来ていることであろうか。(西ひがし p.135)...

  • 金子光晴17:芸術家のしごと

    僕には、どうしても、芸術家のしごとが、制作のあいだのよろこびだけで元がとれているものとしか考えられない。(西ひがし p.42)...

  • ねむれ巴里

    金子 光晴1973中央公論社中公文庫p354若い学生と駆け落ちした妻森三千代の気持ちを相手から引き離すべく、幼い子供を長崎の実家にあずけ、パリを目指す作者と妻。「どくろ杯」では、関東大震災後の二人の出会いから上海、東南アジアでの道行と、妻が先にパリに向かうまでが描かれる。本書はその続編。作者もようやくパリにたどり着き、ふたりの暮らしが再びはじまる。時代は1930年。第二次世界大戦前の花の都パリである。無一文の...

  • モーム69:芸術の価値

    (大意)芸術の価値は、信仰と同じく、その効果にある。たんに楽しいだけなら、どんなに精神的な楽しさであっても、さして重要とはいえない。その価値はいいところカキ12個とモンラッシェ(ブルゴーニュ産白ワインの銘柄)1杯程度である。苦痛や悲しみを和らげてくれるのであれば、結構なことである。世界は逃れようのない悪に満ちており、人はときおり避難所に身を隠す必要がある。しかし悪から逃げるためではなく、悪と直面する...

  • モーム68:なにかを達成するためには、自分のなにかを制限することを学ばなければならない。(ゲーテの言葉)

    (大意)なにかを達成するためには、自分のなにかを制限することを学ばなければならないとゲーテはいっていなかっただろうか? (サミングアップ 第73章)But did he not say that he who would accomplish anything must learn to limit himself?(The Summing Up, ch.73, p.287)...

  • モーム67:老年時代にはもっと時間がある

    (大意)矛盾して聞こえるかもしれないが、老年時代にはこれまで以上に時間がある。わたし若いころ、大カトーが80歳になってギリシャ語を習いはじめたとプルタークが英雄伝で書いているのを読んで、不思議に思ったが、いまならそうは思わない。老年時代は、若者ならばそれに要する膨大な時間を考えて尻込みするようなことでも、取り組むことができるものなのである。(サミングアップ 第73章)Paradoxical as it may sound it has...

  • 金子光晴16:フランス人とイギリス人

    ……それに、パリのような都会の中心でも、いなかでも、コーヒーの味とパンの味が変わらないのもフランスである。駅の外で夜なかでも濃いコーヒーが待っててくれるという仕組は、とかく旅に出るとうら恋しい彼らの願望がつくり出したもので、周りの条件が一応、我慢できるようになると、彼らはまた、どんな辺土にでも、そのまま居ついて、どこの生活にも融け込んでしまうという一面もあった。都会といなかとの生活程度の段落など物の...

  • 金子光晴15:女のからだとこころ

    女は元来一人のこらず娼婦で、世の夫婦という関係も、女にとっては活計のたのみとするあいてが一人だというだけのことである。それでも、男のこころをやすめるところは女のからだとこころより他にない。(ねむれ巴里 p.226)...

  • 金子光晴14:高村光太郎とエミール・ヴェルアラン

    高村光太郎のエミール・ヴェルアランの理解には、古フランドルの黒い太陽と、途上にあらわれた聖ジョルジュの、新しいブリキ板のめくるめきを通りぬけていない物足らなさがあり、そのことをちょっと話したことがあるが、彼には彼の柱組みができていて丈の合わないよそものを受けとってみても、おく場所がなかったらしい。二度の古ブラバン滞在で僕は、やっとベルギーの人間感覚にふれることができたような気がする。僕の青年時代に...

  • 金子光晴13:フェリシアン・ロップス

    古い版画のなかで僕は、ボードレールと親交のあったベルギーの画家、フェリシアン・ロップスの古い版画をさがしだした。「アブサンをのむ女」は誰でも知っているだろうが、ヨーロッパ十九世紀民衆風俗のなかにある、解放の精神、かんぬきがはずれた、春の門がひらけ、自然も、人間も、足音あらく地上に氾濫するとどろきの壮大なながめを是非見てほしい、僕のその感動はいまも変わらない。彼のグロテスクな春画(エッチング)よりも...

  • 金子光晴12:枯葉

    ルクサンブール公園の鉄柵をアレジアに下っていく大通りの左側に、じつにみごとな落葉の吹溜まりがある。並樹の枯葉は悉く、淡いレモン黄になり、日本のような紅紫とりまぜたもみじの絢爛たる金襖もようとはまったく趣を異にしている。レモン黄のうず高い褥のうえで、秋ももうよほど長けて力の衰えをみせはじめた日だまりにふっかりと身を埋めてまどろむより快い眠りの床はほかにありそうもない。ふりつもった葉は、風とも言えない...

  • モーム66:老年時代

    (大意)完全な人生、その完全なパターンには、若い時代や成熟の時代とともに老年時代が必要である。朝の美しさ、日中の輝かしさは素晴らしいものである。だからといって、静かな夕方を追い出そうとカーテンを閉めて照明を煌々とつけるのは、愚かな人間のやることである。老年時代にはそれ自身の喜びがある。若者時代の喜びとはちがうが、それに劣るものではない。(サミングアップ 第73章)For the complete life, the perfect p...

  • 金子光晴11:女の横広がりの共通点

    どこのくに、どこの人種でも、女には女の横ひろがりの共通点があり、端布や、安うり商品の前では、人種を越えた酷似した顔つきで、我勝ちに人を押しわけて、がつがつとむさぼりつく、おなじあさましさの様相をあらわす。そして、じぶんでさがしだし、選りだした品を抱いたまま、もはやそれを元に戻すことができなくなり、みすみす欲望に敗けて、注意ぶかくあるべきことも忘れ、人ごみにまぎれて立去ろうとする、そんな情景を僕は、...

  • 金子光晴10:露店通りの果て

    このデパートの外通りは、ネクタイとかシャツ類などの日用品から、擬いの宝石指環、琺瑯の鍋や首飾りまで、手当り次第なものが半値以下でおが屑のなかにならべてある露店通りであり、その果ての館に、五フラン女郎が、裸で、汚れタオル一枚ずつもって、十人ぐらいうようよとしているのが外からよくみえるようになっていた。どの女も骨骼が崩れ、四角い尻の下から飴ねじのようなねじれた足がついて、赤いすり切れたような皮膚が、女...

  • モーム65:1920年代

    (大意)わたしが青年時代を過ごした1920年代は、中壮年のための世界だった。若さからはできるだけ早く抜け出し、成熟すべきだと考えられていた。(サミングアップ 第73章)The world of my twenties was a middle-aged world, and youth was something to be got through as quickly as possible so that maturity might be reached.(The Summing Up, ch.73, p.282)...

  • 金子光晴09:女持主

    その女持主は、ペルシャ人で、東洋風な、牛乳の入ったうつくしい肌色をもった、派手な顔立ちの女だった。じぶんのうつくしさに自信のある女は、やさしくていいものだ。(ねむれ巴里 p.146)...

  • 金子光晴08:パリ

    いや、そういう馴々しさでひきつけるのがパリのかまととの手練女のような媚かもしれない。この街は、ふしぎな街で、くらいモスコウから、霧のニコスたち(スコットランド人)の住む国から、アビシニアから、テヘランから、あつまってくる若者たちを囚虜にし、その若者たちの老年になる時まで、おもいでで心をうずかせつづけるながい歴史をもっている、すこしおもいあがった、すこし蓮っ葉な、でも、はなやかでいい香いのする薔薇の...

  • 金子光晴07:バルビゾンの森

    森の中に、木を切倒す斧の音が丁々ときこえ、その音があっちこっちに反響した。冬の森が語る冷厳な相貌が、フランス人のなかに一本通って、それがフランス人の知性となってゆるがないのではないかという実感を、手から手に渡されたような気がして僕は、この森でいくばくかの日を過したことが、無駄ではなかったとおもった。森のなかの大気は乾ききって、規矩でさしたような、ジオメトリックな、その縦の並行線の無限の連続は、しか...

  • 金子光晴06:男が一人前になるのは

    「男が一人前になるのは、突きまぜて百人の女が一人の女にみえはじめるときである」と、誰かが言っていた。(ねむれ巴里 p.43)...

  • 金子光晴05:女

    好き嫌いの激しい男は不幸であるが、よいものねだりをする女のほうは、魅惑的である。(ねむれ巴里 p.43)...

  • 金子光晴04:女の感情生活

    女の感情生活には、米欠けや、薄手で脆い部分があって、――もしくは、時間的に、侵蝕に耐えられない隙間がものを言って、ながいあいだの嫌悪が、一朝にくずれ去ることがしばしばある。(ねむれ巴里 p.35)...

  • 金子光晴03:熱帯

    南の奥地は、ゴーギャンの絵などにあくがれて想像するような色彩の天国でも、豊壌な花園でもない。それは、過剰な生物どもの生殖と、その息ぜわしさでしずまり返っている、どんよりとくらい、存在そのものが悪意にみちた、大寂寥の世界であって、文字通り、百越から南は荒服の蛮界である。(ねむれ巴里 p.13)...

  • キング02:無題

    Are you trying to be a wise guy?(Night Shift, The Boogyman, p.162)「おりこうさんぶってんじゃねえよ」(Night Shift 「子取り鬼」)...

  • キング01:書くこと

    (大意)この短編集に収められた作品のどれも、お金のために書いたわけではない……わたしは偉大な芸術家というわけではないけれども、つねに、書かなければならないという強迫観念につきまとわれている。(Night Shift 序言)I didn’t write any of the stories with follow for money…… am not a great artist, but I have always felt impelled to write.(Night Shift, Forward p.9)...

  • Night Shift

    Stephen King1978Hodder & StoughtonP488本書のlexile指数は770L。Lexile指数というのは、アメリカのMetaMetrics®社が開発した「読解力」および「文章の難易度」を示す指標で、単語数や難易度、構文の複雑さなどを基づいて、その本の指数が示され、読者のレベルに適した本の選択を助けるもの。アメリカの学校で広く用いられているらしい。最低が200Lで最高は1700L。アメリカの学年別スコアは以下の通り。1年生 (-300L)2年生 (14...

  • モーム64:悪の存在とスピノザの言葉

    (大意)悪の存在については、説明することができない。宇宙の秩序を構成する要素の一つとみるしかない。無視するのは子供じみているが、嘆き悲しんでも意味がない。スピノザは、同情はめめしい行為だといった。この警句は優しく質実な精神を持つこの哲学者の言葉にしては、粗雑すぎるように思える。変えることができないことがらに強い思い入れをしても、感情の浪費にしかならないと言いたかったのではなかろうか。(サミングアップ...

  • モーム63:ペシミズムと想像力

    (大意)過剰なペシミズムは、以下のようにして産み出される。すなわち、自分がその場にいたら感じるにちがいない感情を、他の人々も同じように感じるはずだと考えることによって。それは小説がもたらす弊害のひとつである。小説家は自分自身の世界から一般的な世界を作り出す。キャラクターに感受性、考える力、感情を与える。もちろんそれは彼独自のものである。多くの人々は想像力というものをほとんど持たないし、創作上の人物...

  • J2 第37節 アビスパ 1-1 大分

    AWAY大分銀行ドーム40分 0-1 三平(大分) 52分 1-1 ウォン逆転試合が少ないアビスパだから、先制されると苦しい。だというのに、前半は攻められっぱなし。案の定、持ちこたえられずに失点。後半なんか追いつくものの、勝点1どまり。ウェリントンを後半から投入するゲームが続いているが、戦略としてどうなんでしょう。良いとも悪いともいいかねるが、すくなくとも、先制されてしまうというのは、ゲームプランには入っていな...

  • モーム62:芸術家のエゴイズム

    (大意)芸術家のエゴイズムには際限がない。また、そうあるべきである。仕事の性格上、かれは唯我論者である。世界はかれが創造の力をふるうためだけに存在する。かれは一部分しか生活にかかわっていない。人々が普通感じるであろう感情をまるごと感じることは決してない。というのも、そうあるのが当然の場面であっても、登場人物であるとともに観察者であるからである。だから、しばしば非情にうつる。女性は鋭敏な感覚によって、...

  • モーム61:批評家と伝統

    (大意)批評家は伝統を基盤としなければならない。なぜならば伝統とは、その国の文学の特徴を表現したものであるからである。その発展の方向にそってそれをさらに進化させるために全力を尽くさなければならない。ただし伝統は導き役であって拘束服ではない。He must support himself on tradition, for tradition is the expression of the inevitable idiosyncrasies of a nation’s literature, but he must do everything he can ...

  • The Summing Up

    W. Somerset Maugham1938Vintage Booksp305サマセット・モームの「サミングアップ」。昔は「要約すると」というタイトルで出ていたので、そちらのほうがなじみが深い。といって中身を知っていたわけではなく、読むのは今回が初めてである。昔は大学受験で、この本の英文が良く出ると言われていて、それでタイトルを知っていたわけであるが、たしかに、そんなに凝った英文ではないものの、しかし、そんなに易しくもない。私の場合は...

  • モーム60:評価

    (大意)わたしは20代では批評家に残酷だと言われ、30代では軽佻浮薄と言われ、40代では冷笑的と言われ、50代では有能と言われ、60代に入ったいまは皮相的と言われている。(サミングアップ 第60章)In my twenties the critics said I was brutal, in my thirties they said I was flippant, in my forties they said I was cynical, in my fifties they said I was competent, and now in my sixties they say I am super...

  • モーム59:プロットの効用

    (大意)多くの人が気がついていないもののひとつに物語の筋(プロット)の効用がある。プロットは読者の関心を引っ張っていく糸である。フィクションでもっとも重要なものである。というのは読者をページからページへと運んでいくのは、関心の導線によってであり、意図する心的状態に読者を導くのもこの導線によってであるからである。作者はいつもいかさまのサイコロを振っているのだが、読者にそれを気づかせてはならない。筋立...

  • モーム58:観光

    わたしはあまり観光をしたことがない。(サミングアップ 第55章)I have never been much of a sight-seer.(The Summing Up, ch.55, p.200)...

  • モーム57:旅行先で

    わたしは場所や人々の詳細や、そこから思い浮かぶストーリーをノートに何冊も書き込んだ。(サミングアップ 第55章)I filled note-books with descriptions of places and persons and the stories they suggested.(The Summing Up, ch.55, p.199)...

  • モーム56:作家と一般人

    (大意)困難、絶望、そしておそらくは貧窮、作家という職業に伴う不利益や危険は、大きな利点によって相殺される。すべてを取るに足らないものにする。その利点とは精神の自由である。作家にとって人生とは悲劇であり、その創造の才によって、アリストテレスが芸術の目的としたカタルシス――恐れと憐みによる精神の浄化――を獲得する。罪、愚行、降りかかる不幸、報われない愛、肉体的な欠損、病気、窮乏、失われた希望、悲嘆、屈辱...

  • モーム55:作家の慰め

    (大意)芸術家は創作という行為そのものによってすでに報われている、ともかくそう考えることで、出版社の広告を眺める際の慰めにはなる。出版物の長いリストを見たり、評論家がそれらの作品の機知や深遠さや独創性や美を称賛しているのを読むとき、心が沈む。こんなに大勢もの天才たちと競っていけるのだろうか。小説の平均寿命は90日だと出版社が告げる。数か月の心労と自身のすべてを注ぎこんだ作品が、たった2時間か3時間で読ま...

  • モーム54:芸術の評価は芸術家とは関係ない。

    (大意)できあがった作品は、良いか悪いかのいずれかである。それを決めるのは他の人々であって彼ではない。人々は提供された交流の芸術的な質に基づいて判断する。それが現実世界からの逃避に役立つものであれば、歓迎はされるだろうが、うまくいっても二流の芸術としての評価である。人々の心を豊かにし、個性の伸長に寄与するものであれば、当然のことながら一流の芸術と呼ばれる。しかしここでわたしは主張したいのだが、このよ...

  • モーム53:創作とは、それ自体によって満足させられるべき特殊な活動である。

    創作とは、それ自体によって満足させられるべき特殊な活動である。(サミングアップ 第49章)Artistic creation is a specific activity that is satisfied by its own exercise. (The Summing Up, ch.49, p.183)...

  • モーム52:交流

    (大意)作品を産み出すことで作者は自分自身を満たす。ただしそのことは、作者以外には何の意味も持たない。かれが書いた本を読む人々、かれが描いた絵画を鑑賞する人々にとって、かれがどう感じているかは関係がない。芸術家は魂の解放を求めるが、人々は交流を求める。その交流が価値あるものかどうかは、当人しか判断できない。一方、芸術家にとっては、その作品がもたらす交流は二次的なものでしかない。(サミングアップ 第...

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