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カテゴリ:- 金子光晴のエントリー一覧

  • 金子光晴20:印度の女

    彼女が見るということが、すでにおもわせぶりな表情をつくりだして、ただならぬおもいをあいての心に掻きたてるようであった。印度の女だけがもっている、つくられたものではない、生まれながらの情念の眼であった。こういう女のいる限り、男たちにとって、生きるということは、その女たちのゆく先の先までついていって見とどけることであった。(西ひがし p.215)...

  • 金子光晴19:詩

    ……十年近く離れていた詩が、突然かえってきた。それほどまでに自分が他に取柄がない人間だと意識したときは、そのときがはじめてで、その時ほど深刻であったことはない。(西ひがし p.164)...

  • 金子光晴18:無題

    なんと、この人生から、愛情が色褪せてしまったことか。僕がただ気付かなかったというだけかもしれないが、人々の愛情をあてに生きることが稀になったことか。愛情が恥辱となるときが、なんと近々と来ていることであろうか。(西ひがし p.135)...

  • 金子光晴17:芸術家のしごと

    僕には、どうしても、芸術家のしごとが、制作のあいだのよろこびだけで元がとれているものとしか考えられない。(西ひがし p.42)...

  • 金子光晴16:フランス人とイギリス人

    ……それに、パリのような都会の中心でも、いなかでも、コーヒーの味とパンの味が変わらないのもフランスである。駅の外で夜なかでも濃いコーヒーが待っててくれるという仕組は、とかく旅に出るとうら恋しい彼らの願望がつくり出したもので、周りの条件が一応、我慢できるようになると、彼らはまた、どんな辺土にでも、そのまま居ついて、どこの生活にも融け込んでしまうという一面もあった。都会といなかとの生活程度の段落など物の...

  • 金子光晴15:女のからだとこころ

    女は元来一人のこらず娼婦で、世の夫婦という関係も、女にとっては活計のたのみとするあいてが一人だというだけのことである。それでも、男のこころをやすめるところは女のからだとこころより他にない。(ねむれ巴里 p.226)...

  • 金子光晴14:高村光太郎とエミール・ヴェルアラン

    高村光太郎のエミール・ヴェルアランの理解には、古フランドルの黒い太陽と、途上にあらわれた聖ジョルジュの、新しいブリキ板のめくるめきを通りぬけていない物足らなさがあり、そのことをちょっと話したことがあるが、彼には彼の柱組みができていて丈の合わないよそものを受けとってみても、おく場所がなかったらしい。二度の古ブラバン滞在で僕は、やっとベルギーの人間感覚にふれることができたような気がする。僕の青年時代に...

  • 金子光晴13:フェリシアン・ロップス

    古い版画のなかで僕は、ボードレールと親交のあったベルギーの画家、フェリシアン・ロップスの古い版画をさがしだした。「アブサンをのむ女」は誰でも知っているだろうが、ヨーロッパ十九世紀民衆風俗のなかにある、解放の精神、かんぬきがはずれた、春の門がひらけ、自然も、人間も、足音あらく地上に氾濫するとどろきの壮大なながめを是非見てほしい、僕のその感動はいまも変わらない。彼のグロテスクな春画(エッチング)よりも...

  • 金子光晴12:枯葉

    ルクサンブール公園の鉄柵をアレジアに下っていく大通りの左側に、じつにみごとな落葉の吹溜まりがある。並樹の枯葉は悉く、淡いレモン黄になり、日本のような紅紫とりまぜたもみじの絢爛たる金襖もようとはまったく趣を異にしている。レモン黄のうず高い褥のうえで、秋ももうよほど長けて力の衰えをみせはじめた日だまりにふっかりと身を埋めてまどろむより快い眠りの床はほかにありそうもない。ふりつもった葉は、風とも言えない...

  • 金子光晴11:女の横広がりの共通点

    どこのくに、どこの人種でも、女には女の横ひろがりの共通点があり、端布や、安うり商品の前では、人種を越えた酷似した顔つきで、我勝ちに人を押しわけて、がつがつとむさぼりつく、おなじあさましさの様相をあらわす。そして、じぶんでさがしだし、選りだした品を抱いたまま、もはやそれを元に戻すことができなくなり、みすみす欲望に敗けて、注意ぶかくあるべきことも忘れ、人ごみにまぎれて立去ろうとする、そんな情景を僕は、...

  • 金子光晴10:露店通りの果て

    このデパートの外通りは、ネクタイとかシャツ類などの日用品から、擬いの宝石指環、琺瑯の鍋や首飾りまで、手当り次第なものが半値以下でおが屑のなかにならべてある露店通りであり、その果ての館に、五フラン女郎が、裸で、汚れタオル一枚ずつもって、十人ぐらいうようよとしているのが外からよくみえるようになっていた。どの女も骨骼が崩れ、四角い尻の下から飴ねじのようなねじれた足がついて、赤いすり切れたような皮膚が、女...

  • 金子光晴09:女持主

    その女持主は、ペルシャ人で、東洋風な、牛乳の入ったうつくしい肌色をもった、派手な顔立ちの女だった。じぶんのうつくしさに自信のある女は、やさしくていいものだ。(ねむれ巴里 p.146)...

  • 金子光晴08:パリ

    いや、そういう馴々しさでひきつけるのがパリのかまととの手練女のような媚かもしれない。この街は、ふしぎな街で、くらいモスコウから、霧のニコスたち(スコットランド人)の住む国から、アビシニアから、テヘランから、あつまってくる若者たちを囚虜にし、その若者たちの老年になる時まで、おもいでで心をうずかせつづけるながい歴史をもっている、すこしおもいあがった、すこし蓮っ葉な、でも、はなやかでいい香いのする薔薇の...

  • 金子光晴07:バルビゾンの森

    森の中に、木を切倒す斧の音が丁々ときこえ、その音があっちこっちに反響した。冬の森が語る冷厳な相貌が、フランス人のなかに一本通って、それがフランス人の知性となってゆるがないのではないかという実感を、手から手に渡されたような気がして僕は、この森でいくばくかの日を過したことが、無駄ではなかったとおもった。森のなかの大気は乾ききって、規矩でさしたような、ジオメトリックな、その縦の並行線の無限の連続は、しか...

  • 金子光晴06:男が一人前になるのは

    「男が一人前になるのは、突きまぜて百人の女が一人の女にみえはじめるときである」と、誰かが言っていた。(ねむれ巴里 p.43)...

  • 金子光晴05:女

    好き嫌いの激しい男は不幸であるが、よいものねだりをする女のほうは、魅惑的である。(ねむれ巴里 p.43)...

  • 金子光晴04:女の感情生活

    女の感情生活には、米欠けや、薄手で脆い部分があって、――もしくは、時間的に、侵蝕に耐えられない隙間がものを言って、ながいあいだの嫌悪が、一朝にくずれ去ることがしばしばある。(ねむれ巴里 p.35)...

  • 金子光晴03:熱帯

    南の奥地は、ゴーギャンの絵などにあくがれて想像するような色彩の天国でも、豊壌な花園でもない。それは、過剰な生物どもの生殖と、その息ぜわしさでしずまり返っている、どんよりとくらい、存在そのものが悪意にみちた、大寂寥の世界であって、文字通り、百越から南は荒服の蛮界である。(ねむれ巴里 p.13)...

  • 金子光晴2:女の魅力

    女の浮気と魅力とは背なか合せに微妙に貼付いていて、どちらをなくしても女は欠損する。欠損した女はいくら貞淑でも、茶碗のかけらほどの価値もない。(どくろ杯 p257)...

  • 金子光晴1:「の」の連続

    しばらくたつと、焼けのこった牛込赤城元町の崖下の小家の玄関わきの三畳間の私の部屋に、尾羽うち枯らしたような姿で、焼け出された人たちがやってきては、裏の出入り口からのぞきこんだ。(どくろ杯 p12-13)...

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