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カテゴリ:Collection of Quotesのエントリー一覧

  • オーウェル14:愛国者

    (大意)最後の数章は、私には、非常に感動的だった。そこで語られている絶望と敗北主義が、必ずしも言葉通りではないだけに、かえってそうなのである。ムゲリッジ氏の一見そうみえる破滅の受容の下には、語られない事実が隠されている。つまり、かれはあるものを信じている。それはイングランドである。……数ヶ月前、著者は情報省を辞し、軍隊に加わったという。私の知るかぎり、左翼陣営の以前の主戦論者のうちの誰一人としてとら...

  • オーウェル13:プロレタリアート独裁

    (大意)もしプロレタリアート独裁が実現するとして、わたしはこれまで、プロレタリアート独裁に恐れを感じたことがまったくないのです。そうしてスペイン市民戦争で経験したもろもろのことが、それが誤りではないことを確信させるのです。しかしロシアやドイツの共産主義理論家たちによる独裁には、心底、恐怖を感じます。(ハンフリー・ハウス氏への手紙, 1940年)I have never had the slightest fear of a dictatorship of the ...

  • オーウェル12:一般良識と社会の進歩

    (大意)私たちは、これまでのすべての営為の結果として、ようやく人間生活に本当の進歩をもたらすことができる地点まで到達したのです。しかし、( 社会の基盤として ) 一般良識が必要であるという認識がなければ、これから先には進むべきでないでしょう。(ハンフリー・ハウス氏への手紙, 1940年)All we have done is to advance to a point at which we could make a real improvement in human life, but we shan’t do it wit...

  • オーウェル11:現代の知識人の欠陥

    (大意)もちろんディケンズは、政治に関してきわめて幼稚な考えしか持っていませんでした。しかし、健全な道徳感覚を持っていたので、どんな政治的、経済的な環境のもとでも、かれにふさわしい意見を見いだしたことでしょう。ビクトリア時代の多くの作家たちも同じだと思います。人間社会は、どんな政治的経済的な形態のもとでも、一般良識という基盤の上に築かれなければならないはずですが、現代の知識人の恐ろしいところは、そ...

  • オーウェル10:良い小説は、恐れを知らない人々によって書かれる。

    (大意)良い小説は、世論の追従者や、自身の反常識性に縮こまってしまうような人々によって書かれることはない。良い小説は、恐れを知らない人々によって書かれるものなのだ。従って、ふたたびヘンリー・ミラーに戻ろう。(鯨の腹の中で, 1940年)Good novels are not written by orthodoxy sniffers, or by people who are conscience-stricken about their own unorthodoxy. Good novels are written by people who are not fri...

  • オーウェル09:小説とは

    (大意)小説とは、実際上、異議申し立ての芸術における一形式である。それは自由な精神の産物であり、自律した個人によって生み出されるものである。(鯨の腹の中で, 1940年)The novel is practically a Protestant form of art; it is a product of the free mind, of the autonomous individual.(Inside the Whale, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.568)2010.8.26のエントリ修正。...

  • オーウェル08:南回帰線

    (大意)(ヘンリー・ミラー「南回帰線」を評して ) それは、貧困と無名の中で、ゆっくりと熟成されてできあがる種類の作品である。そのような作品は、何をすべきかをわきまえ、それゆえ、待ち続けることができる人々によって産み出される。(鯨の腹の中で, 1940年)It is one of those books that are slowly matured in poverty and obscurity, by people who know what they got to do and therefore are able to wait.(Inside...

  • オーウェル07:すべての芸術はプロパガンダである。

    (大意)ここまで私はディケンズを、かれが伝える「メッセージ」の点からだけ論じ、文学的価値をほとんど無視してきた。しかし、すべての著述家は、とくに小説家なら誰でも、あるメッセージを発している。彼が認めようが認めまいが、作品のもっとも些細な部分までもがその影響下にある。すべての芸術はプロパガンダである。ディケンズ自身もビクトリア朝時代の小説家の多くも、それを否定しようとは思わなかっただろう。一方また、...

  • オーウェル06:ディケンズの登場人物について

    (大意)アルダス・ハクスリーによると、D.H.ロレンスは「バルザックは『巨大な小人』だ」と言ったそうだが、ディケンズについてもある意味それがあてはまる。ある大きな世界について、ディケンズはまったく知らなかったか、あるいは触れようとしなかった。人はディケンズから人生について直接学ぶことはあまりない。この点では読者はただちに19世紀ロシアの偉大な文豪たちを思い浮かべるだろう。なぜトルストイの把握力は、ディ...

  • オーウェル05:ディケンズと「仕事」

    (大意)ディケンズは、ありふれた動機や愛、野心、金銭欲、復讐を作品で取り扱うことになんの困難も感じていない。ただし、かれは明らかに「仕事」についてはなにも書いていない。(ディケンズ, 1940年)He has no difficulty in introducing the common motives, love, ambition, avarice, vengeance and so forth. What he does not noticeably write about, however, is work.(Charles Dickens, 1940, An Age Like This 1920-1...

  • オーウェル04:現在の小説家

    (大意)しかしながら現在の小説家は絶望的に孤立しているため、典型的な現代小説というのは、小説家自身についての小説になっている。(チャールズ・ディケンズ, 1940年)…whereas a writer nowadays is so hopelessly isolated that the typical modern novels is a novel about novelist.(Charles Dickens, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.484 )2010.6.5のエントリ修正。...

  • オーウェル03:マラケシュ

    (大意)遺体が通ると、レストランのテーブルにたかっていたハエが、突然雲となって後を追ったが、しばらくすると戻ってきた。葬儀の参列者たちは―男か男の子だけで女はいなかった―市場の中を、ザクロの木やタクシーやラクダの間を縫いながら歩いていった。短い嘆きの言葉を繰り返し繰り返し唱えていた。こうした葬儀がハエの関心を引くのは、この地では遺体は棺に入れないからで、布でくるんで、簡単な木の台に乗せ、故人の友人4...

  • オーウェル02:革命家オーウェル

    (大意)私は、年収が5万ポンドある人間と、週15シリングを稼がなければならない人間が、互いに協力できるとか、協力しようとするだろうとかは思わない。相互の関係の本質はきわめて単純で、追いはぎと被害者の関係である。追いはぎが突然改心するだろうと考えるべき理由はどこにもない。したがって、もし西欧諸国における資本主義の問題が解決されるべきだとしたら、三番目の選択肢を通じて、すなわち純粋に革命的な運動によって...

  • オーウェル01:スターリンへのインタビュー

    (大意)著者は一度、スターリンへのインタビューに成功しており、スターリンは単純で感じの良い人物であったと言っている。そういえばH.D.ウェルズも同じことを語っていた。事実、少なくとも映画の中では、スターリンは好ましい顔をした人物である。また、アル・カポネは最高に良き夫・良き父であったし、「浴槽の花嫁」で有名な連続殺人犯ジョセフ・スミスは、7人の妻のうちの3人を殺害しながらも、彼を心から愛してくれた最...

  • 古山高麗雄01:文章は、才能が書かせるのではなくて、情熱が書かせるのだ。

    才能がなくても文章は書ける。文章は、才能が書かせるのではなくて、情熱が書かせるのだ。(日本好戦詩集「友人の責任」 p.106)...

  • モーム71:芸術の意義

    (大意)もし芸術というものが道楽以上のものであって、ひとりよがりの場ではないとするならば、それは人格の形成を促し、正しい行動ができるように人を育てるものでなくてはならない。こんな真面目な結論は、わたしはちっとも好きではないのだが、この点は認めざるを得ないと思う。芸術の意義は、その成果で測られるべきであって、そういうものがない場合は、その芸術は無価値である。ところで、不思議な事実があって、わたしには...

  • モーム70:一部の集団のための芸術は、たんなる遊び道具にすぎない。

    (大意)もし美が人生における最大の価値の一つであるとするならば、美の鑑賞能力が、特定の階級だけに属する特権であると考えることは難しい。選ばれた者だけが持つ感覚が、人間が生きていくうえで必要であるという理屈を押し通すのは無理がある。しかし美学者たちが主張しているのはそういうことである。正直言って、わたしも若いころは愚かにも、芸術とは……人間の営為の頂点であり、人間の存在意義であり、選ばれた少数によって...

  • 金子光晴20:印度の女

    彼女が見るということが、すでにおもわせぶりな表情をつくりだして、ただならぬおもいをあいての心に掻きたてるようであった。印度の女だけがもっている、つくられたものではない、生まれながらの情念の眼であった。こういう女のいる限り、男たちにとって、生きるということは、その女たちのゆく先の先までついていって見とどけることであった。(西ひがし p.215)...

  • 金子光晴19:詩

    ……十年近く離れていた詩が、突然かえってきた。それほどまでに自分が他に取柄がない人間だと意識したときは、そのときがはじめてで、その時ほど深刻であったことはない。(西ひがし p.164)...

  • 金子光晴18:無題

    なんと、この人生から、愛情が色褪せてしまったことか。僕がただ気付かなかったというだけかもしれないが、人々の愛情をあてに生きることが稀になったことか。愛情が恥辱となるときが、なんと近々と来ていることであろうか。(西ひがし p.135)...

  • 金子光晴17:芸術家のしごと

    僕には、どうしても、芸術家のしごとが、制作のあいだのよろこびだけで元がとれているものとしか考えられない。(西ひがし p.42)...

  • モーム69:芸術の価値

    (大意)芸術の価値は、信仰と同じく、その効果にある。たんに楽しいだけなら、どんなに精神的な楽しさであっても、さして重要とはいえない。その価値はいいところカキ12個とモンラッシェ(ブルゴーニュ産白ワインの銘柄)1杯程度である。苦痛や悲しみを和らげてくれるのであれば、結構なことである。世界は逃れようのない悪に満ちており、人はときおり避難所に身を隠す必要がある。しかし悪から逃げるためではなく、悪と直面する...

  • モーム68:なにかを達成するためには、自分のなにかを制限することを学ばなければならない。(ゲーテの言葉)

    (大意)なにかを達成するためには、自分のなにかを制限することを学ばなければならないとゲーテはいっていなかっただろうか? (サミングアップ 第73章)But did he not say that he who would accomplish anything must learn to limit himself?(The Summing Up, ch.73, p.287)...

  • モーム67:老年時代にはもっと時間がある

    (大意)矛盾して聞こえるかもしれないが、老年時代にはこれまで以上に時間がある。わたし若いころ、大カトーが80歳になってギリシャ語を習いはじめたとプルタークが英雄伝で書いているのを読んで、不思議に思ったが、いまならそうは思わない。老年時代は、若者ならばそれに要する膨大な時間を考えて尻込みするようなことでも、取り組むことができるものなのである。(サミングアップ 第73章)Paradoxical as it may sound it has...

  • 金子光晴16:フランス人とイギリス人

    ……それに、パリのような都会の中心でも、いなかでも、コーヒーの味とパンの味が変わらないのもフランスである。駅の外で夜なかでも濃いコーヒーが待っててくれるという仕組は、とかく旅に出るとうら恋しい彼らの願望がつくり出したもので、周りの条件が一応、我慢できるようになると、彼らはまた、どんな辺土にでも、そのまま居ついて、どこの生活にも融け込んでしまうという一面もあった。都会といなかとの生活程度の段落など物の...

  • 金子光晴15:女のからだとこころ

    女は元来一人のこらず娼婦で、世の夫婦という関係も、女にとっては活計のたのみとするあいてが一人だというだけのことである。それでも、男のこころをやすめるところは女のからだとこころより他にない。(ねむれ巴里 p.226)...

  • 金子光晴14:高村光太郎とエミール・ヴェルアラン

    高村光太郎のエミール・ヴェルアランの理解には、古フランドルの黒い太陽と、途上にあらわれた聖ジョルジュの、新しいブリキ板のめくるめきを通りぬけていない物足らなさがあり、そのことをちょっと話したことがあるが、彼には彼の柱組みができていて丈の合わないよそものを受けとってみても、おく場所がなかったらしい。二度の古ブラバン滞在で僕は、やっとベルギーの人間感覚にふれることができたような気がする。僕の青年時代に...

  • 金子光晴13:フェリシアン・ロップス

    古い版画のなかで僕は、ボードレールと親交のあったベルギーの画家、フェリシアン・ロップスの古い版画をさがしだした。「アブサンをのむ女」は誰でも知っているだろうが、ヨーロッパ十九世紀民衆風俗のなかにある、解放の精神、かんぬきがはずれた、春の門がひらけ、自然も、人間も、足音あらく地上に氾濫するとどろきの壮大なながめを是非見てほしい、僕のその感動はいまも変わらない。彼のグロテスクな春画(エッチング)よりも...

  • 金子光晴12:枯葉

    ルクサンブール公園の鉄柵をアレジアに下っていく大通りの左側に、じつにみごとな落葉の吹溜まりがある。並樹の枯葉は悉く、淡いレモン黄になり、日本のような紅紫とりまぜたもみじの絢爛たる金襖もようとはまったく趣を異にしている。レモン黄のうず高い褥のうえで、秋ももうよほど長けて力の衰えをみせはじめた日だまりにふっかりと身を埋めてまどろむより快い眠りの床はほかにありそうもない。ふりつもった葉は、風とも言えない...

  • モーム66:老年時代

    (大意)完全な人生、その完全なパターンには、若い時代や成熟の時代とともに老年時代が必要である。朝の美しさ、日中の輝かしさは素晴らしいものである。だからといって、静かな夕方を追い出そうとカーテンを閉めて照明を煌々とつけるのは、愚かな人間のやることである。老年時代にはそれ自身の喜びがある。若者時代の喜びとはちがうが、それに劣るものではない。(サミングアップ 第73章)For the complete life, the perfect p...

  • 金子光晴11:女の横広がりの共通点

    どこのくに、どこの人種でも、女には女の横ひろがりの共通点があり、端布や、安うり商品の前では、人種を越えた酷似した顔つきで、我勝ちに人を押しわけて、がつがつとむさぼりつく、おなじあさましさの様相をあらわす。そして、じぶんでさがしだし、選りだした品を抱いたまま、もはやそれを元に戻すことができなくなり、みすみす欲望に敗けて、注意ぶかくあるべきことも忘れ、人ごみにまぎれて立去ろうとする、そんな情景を僕は、...

  • 金子光晴10:露店通りの果て

    このデパートの外通りは、ネクタイとかシャツ類などの日用品から、擬いの宝石指環、琺瑯の鍋や首飾りまで、手当り次第なものが半値以下でおが屑のなかにならべてある露店通りであり、その果ての館に、五フラン女郎が、裸で、汚れタオル一枚ずつもって、十人ぐらいうようよとしているのが外からよくみえるようになっていた。どの女も骨骼が崩れ、四角い尻の下から飴ねじのようなねじれた足がついて、赤いすり切れたような皮膚が、女...

  • モーム65:1920年代

    (大意)わたしが青年時代を過ごした1920年代は、中壮年のための世界だった。若さからはできるだけ早く抜け出し、成熟すべきだと考えられていた。(サミングアップ 第73章)The world of my twenties was a middle-aged world, and youth was something to be got through as quickly as possible so that maturity might be reached.(The Summing Up, ch.73, p.282)...

  • 金子光晴09:女持主

    その女持主は、ペルシャ人で、東洋風な、牛乳の入ったうつくしい肌色をもった、派手な顔立ちの女だった。じぶんのうつくしさに自信のある女は、やさしくていいものだ。(ねむれ巴里 p.146)...

  • 金子光晴08:パリ

    いや、そういう馴々しさでひきつけるのがパリのかまととの手練女のような媚かもしれない。この街は、ふしぎな街で、くらいモスコウから、霧のニコスたち(スコットランド人)の住む国から、アビシニアから、テヘランから、あつまってくる若者たちを囚虜にし、その若者たちの老年になる時まで、おもいでで心をうずかせつづけるながい歴史をもっている、すこしおもいあがった、すこし蓮っ葉な、でも、はなやかでいい香いのする薔薇の...

  • 金子光晴07:バルビゾンの森

    森の中に、木を切倒す斧の音が丁々ときこえ、その音があっちこっちに反響した。冬の森が語る冷厳な相貌が、フランス人のなかに一本通って、それがフランス人の知性となってゆるがないのではないかという実感を、手から手に渡されたような気がして僕は、この森でいくばくかの日を過したことが、無駄ではなかったとおもった。森のなかの大気は乾ききって、規矩でさしたような、ジオメトリックな、その縦の並行線の無限の連続は、しか...

  • 金子光晴06:男が一人前になるのは

    「男が一人前になるのは、突きまぜて百人の女が一人の女にみえはじめるときである」と、誰かが言っていた。(ねむれ巴里 p.43)...

  • 金子光晴05:女

    好き嫌いの激しい男は不幸であるが、よいものねだりをする女のほうは、魅惑的である。(ねむれ巴里 p.43)...

  • 金子光晴04:女の感情生活

    女の感情生活には、米欠けや、薄手で脆い部分があって、――もしくは、時間的に、侵蝕に耐えられない隙間がものを言って、ながいあいだの嫌悪が、一朝にくずれ去ることがしばしばある。(ねむれ巴里 p.35)...

  • 金子光晴03:熱帯

    南の奥地は、ゴーギャンの絵などにあくがれて想像するような色彩の天国でも、豊壌な花園でもない。それは、過剰な生物どもの生殖と、その息ぜわしさでしずまり返っている、どんよりとくらい、存在そのものが悪意にみちた、大寂寥の世界であって、文字通り、百越から南は荒服の蛮界である。(ねむれ巴里 p.13)...

  • キング02:無題

    Are you trying to be a wise guy?(Night Shift, The Boogyman, p.162)「おりこうさんぶってんじゃねえよ」(Night Shift 「子取り鬼」)...

  • キング01:書くこと

    (大意)この短編集に収められた作品のどれも、お金のために書いたわけではない……わたしは偉大な芸術家というわけではないけれども、つねに、書かなければならないという強迫観念につきまとわれている。(Night Shift 序言)I didn’t write any of the stories with follow for money…… am not a great artist, but I have always felt impelled to write.(Night Shift, Forward p.9)...

  • モーム64:悪の存在とスピノザの言葉

    (大意)悪の存在については、説明することができない。宇宙の秩序を構成する要素の一つとみるしかない。無視するのは子供じみているが、嘆き悲しんでも意味がない。スピノザは、同情はめめしい行為だといった。この警句は優しく質実な精神を持つこの哲学者の言葉にしては、粗雑すぎるように思える。変えることができないことがらに強い思い入れをしても、感情の浪費にしかならないと言いたかったのではなかろうか。(サミングアップ...

  • モーム63:ペシミズムと想像力

    (大意)過剰なペシミズムは、以下のようにして産み出される。すなわち、自分がその場にいたら感じるにちがいない感情を、他の人々も同じように感じるはずだと考えることによって。それは小説がもたらす弊害のひとつである。小説家は自分自身の世界から一般的な世界を作り出す。キャラクターに感受性、考える力、感情を与える。もちろんそれは彼独自のものである。多くの人々は想像力というものをほとんど持たないし、創作上の人物...

  • モーム62:芸術家のエゴイズム

    (大意)芸術家のエゴイズムには際限がない。また、そうあるべきである。仕事の性格上、かれは唯我論者である。世界はかれが創造の力をふるうためだけに存在する。かれは一部分しか生活にかかわっていない。人々が普通感じるであろう感情をまるごと感じることは決してない。というのも、そうあるのが当然の場面であっても、登場人物であるとともに観察者であるからである。だから、しばしば非情にうつる。女性は鋭敏な感覚によって、...

  • モーム61:批評家と伝統

    (大意)批評家は伝統を基盤としなければならない。なぜならば伝統とは、その国の文学の特徴を表現したものであるからである。その発展の方向にそってそれをさらに進化させるために全力を尽くさなければならない。ただし伝統は導き役であって拘束服ではない。He must support himself on tradition, for tradition is the expression of the inevitable idiosyncrasies of a nation’s literature, but he must do everything he can ...

  • モーム60:評価

    (大意)わたしは20代では批評家に残酷だと言われ、30代では軽佻浮薄と言われ、40代では冷笑的と言われ、50代では有能と言われ、60代に入ったいまは皮相的と言われている。(サミングアップ 第60章)In my twenties the critics said I was brutal, in my thirties they said I was flippant, in my forties they said I was cynical, in my fifties they said I was competent, and now in my sixties they say I am super...

  • モーム59:プロットの効用

    (大意)多くの人が気がついていないもののひとつに物語の筋(プロット)の効用がある。プロットは読者の関心を引っ張っていく糸である。フィクションでもっとも重要なものである。というのは読者をページからページへと運んでいくのは、関心の導線によってであり、意図する心的状態に読者を導くのもこの導線によってであるからである。作者はいつもいかさまのサイコロを振っているのだが、読者にそれを気づかせてはならない。筋立...

  • モーム58:観光

    わたしはあまり観光をしたことがない。(サミングアップ 第55章)I have never been much of a sight-seer.(The Summing Up, ch.55, p.200)...

  • モーム57:旅行先で

    わたしは場所や人々の詳細や、そこから思い浮かぶストーリーをノートに何冊も書き込んだ。(サミングアップ 第55章)I filled note-books with descriptions of places and persons and the stories they suggested.(The Summing Up, ch.55, p.199)...

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