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オーウェル14:愛国者


(大意)
最後の数章は、私には、非常に感動的だった。そこで語られている絶望と敗北主義が、必ずしも言葉通りではないだけに、かえってそうなのである。ムゲリッジ氏の一見そうみえる破滅の受容の下には、語られない事実が隠されている。つまり、かれはあるものを信じている。それはイングランドである。……数ヶ月前、著者は情報省を辞し、軍隊に加わったという。私の知るかぎり、左翼陣営の以前の主戦論者のうちの誰一人としてとらなかった行動である。

最後の数章に流れるものを私はとてもよくわかる。それは中流階級の男の感情である。軍事的な伝統のうちに育てられ、危機の瞬間、結局、自分が愛国者であることを発見した男の感情である。「進歩的」であること、「開明的であること」はけっこうなことだ。ブリンプ大佐を馬鹿にしたり、伝統的忠誠心すべてからの解放を宣言するのも結構だ。しかし時がきた。砂漠の砂は赤く染められた。わたしのせいなのか、イングランドよ。わが祖国よ。私自身このような伝統の中で育てられた。見慣れない覆いの下にあるものをわたしは理解できる。そしてそれに共感できる。というのも、もっとも馬鹿げてもっとも感傷的なときですら、左翼陣営の知識人の薄っぺらな自己正当化よりも、それはまともなものだからだ。
(ペシミズムの限界, 1940年)

The final chapters are, to me, deeply moving, all the more because the despair and defeatism that they express is not altogether sincere. Beneath Mr Muggeridge’s seeming acceptance of disaster there lies the unconfessed fact that he does after all believe in something- in England. ……I am told that some months back he left the Ministry of Information to join the army, a thing which none of the ex-warmongers of the Left has done, I believe. And I know very well what underlies these closing chapters. It is the emotion of the middle–class man, brought up in the military tradition, who finds in the moment of crisis that he is a patriot after all. It is all very well to be ‘advanced’and ‘enlightened’, to snigger at Colonel Blimp and proclaim your emancipation from all traditional loyalties, but a time comes when the sand of the desert is sodden red and what have I done for thee, England, my England? As I was brought up in this tradition myself I can recognize it under strange disguises, and also sympathize with it, for even at its stupidest and most sentimental it is a comelier thing than the shallow self-righteousness of the left-wing intelligentsia.
(The Limit to pessimism, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.586-587)


2010.8.28のエントリ修正。



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このエントリーのタグ: 引用句 George_Orwell

オーウェル13:プロレタリアート独裁


(大意)
もしプロレタリアート独裁が実現するとして、わたしはこれまで、プロレタリアート独裁に恐れを感じたことがまったくないのです。そうしてスペイン市民戦争で経験したもろもろのことが、それが誤りではないことを確信させるのです。しかしロシアやドイツの共産主義理論家たちによる独裁には、心底、恐怖を感じます。
(ハンフリー・ハウス氏への手紙, 1940年)

I have never had the slightest fear of a dictatorship of the proletariat, if it could happen, and certain things I saw in the Spanish war confirmed me in this. But I admit to having a perfect horror of a dictatorship of theorists, as in Russia and Germany.
(Letter to Humphry House, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.583)


2010.8.28のエントリ修正。



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オーウェル12:一般良識と社会の進歩


(大意)
私たちは、これまでのすべての営為の結果として、ようやく人間生活に本当の進歩をもたらすことができる地点まで到達したのです。しかし、( 社会の基盤として ) 一般良識が必要であるという認識がなければ、これから先には進むべきでないでしょう。
(ハンフリー・ハウス氏への手紙, 1940年)

All we have done is to advance to a point at which we could make a real improvement in human life, but we shan’t do it without the recognition that common decency is necessary.
(Letter to Humphry House, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.583)

2010.8.28のエントリ修正。



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オーウェル11:現代の知識人の欠陥


(大意)
もちろんディケンズは、政治に関してきわめて幼稚な考えしか持っていませんでした。しかし、健全な道徳感覚を持っていたので、どんな政治的、経済的な環境のもとでも、かれにふさわしい意見を見いだしたことでしょう。ビクトリア時代の多くの作家たちも同じだと思います。人間社会は、どんな政治的経済的な形態のもとでも、一般良識という基盤の上に築かれなければならないはずですが、現代の知識人の恐ろしいところは、それを理解する力がないという点にあります。

アクランドと彼の著書「わが闘争」に戻ると、かれは明らかに、現在のソビエト政権は何かがおかしいということに気がついていません。私的所有権は撤廃された、それゆえに(とかれは言います)、すべてはおおむね正しいに違いない。こういう言い方は、わたしには人間性への感覚が欠如している証拠に思われます。

ディケンズならば、社会主義をまるで知らずとも、一目で、毎年毎年死体の山を築かなければならない政権はどこかまちがっていると見抜いたことでしょう。ニーチェがキリスト教についてこんなことを言っています。( 記憶をたよりに書きますが ) もし君の腹の中が清ければ、腐臭がするなどとは誰も言わない。しかしなんだか臭う。悪臭がするぞ、と。
道徳的に健全な人ならば誰でも、ロシア政権が腐臭を発していることは、1931年頃からわかっていました。
(ハンフリー・ハウス氏への手紙, 1940年)

Dickens, of course, had the most childish views on politics etc., but I think that because his moral sense was sound he would have been able to find his bearing in any political or economic milieu. So I think would most Victorians. The thing that frightens me about the modern intelligentsia is their inability to see that human society must be based on common decency, whatever the political and economic forms may be. To revert to Acland and his Unser Kompf, he is apparently incapable of seeing that there is something wrong with the present Russian regime. Private property has been abolished, therefore (so he argues) everything must be more or less all right. This seems to me to indicate the lack of moral nose.Dickens, without the slightest understanding of Socialism etc., would have seen at a glance that there is something wrong with a regime that needs a pyramid of corpses every few years. It is as Nietzsche said about Christianity (I’m quoting from memory), if you are all right inside you don’t have to be told that it is putrid. You can smell it – it stinks. All people who are morally sound have known since about 1931 that the Russian regime stinks.
(Letter to Humphry House, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.582-583)

2010.8.28のエントリ修正。



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オーウェル10:良い小説は、恐れを知らない人々によって書かれる。


(大意)
良い小説は、世論の追従者や、自身の反常識性に縮こまってしまうような人々によって書かれることはない。良い小説は、恐れを知らない人々によって書かれるものなのだ。従って、ふたたびヘンリー・ミラーに戻ろう。
(鯨の腹の中で, 1940年)

Good novels are not written by orthodoxy sniffers, or by people who are conscience-stricken about their own unorthodoxy. Good novels are written by people who are not frightened. This brings me back to Henry Miller.
(Inside the Whale, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.569)


2010.8.27のエントリ修正。



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オーウェル09:小説とは


(大意)
小説とは、実際上、異議申し立ての芸術における一形式である。それは自由な精神の産物であり、自律した個人によって生み出されるものである。
(鯨の腹の中で, 1940年)

The novel is practically a Protestant form of art; it is a product of the free mind, of the autonomous individual.
(Inside the Whale, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.568)


2010.8.26のエントリ修正。



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オーウェル08:南回帰線


(大意)
(ヘンリー・ミラー「南回帰線」を評して ) それは、貧困と無名の中で、ゆっくりと熟成されてできあがる種類の作品である。そのような作品は、何をすべきかをわきまえ、それゆえ、待ち続けることができる人々によって産み出される。
(鯨の腹の中で, 1940年)

It is one of those books that are slowly matured in poverty and obscurity, by people who know what they got to do and therefore are able to wait.
(Inside the Whale, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.545)


2010.8.25のエントリ修正。



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オーウェル07:すべての芸術はプロパガンダである。


(大意)
ここまで私はディケンズを、かれが伝える「メッセージ」の点からだけ論じ、文学的価値をほとんど無視してきた。しかし、すべての著述家は、とくに小説家なら誰でも、あるメッセージを発している。彼が認めようが認めまいが、作品のもっとも些細な部分までもがその影響下にある。すべての芸術はプロパガンダである。ディケンズ自身もビクトリア朝時代の小説家の多くも、それを否定しようとは思わなかっただろう。一方また、プロパガンダがすべて芸術だというわけではない。
(チャールズ・ディケンズ, 1940年)

I have been discussing Dickens simply in terms of his ‘message’, and almost ignoring his literary qualities. But every writer, especially every novelist, has a ‘message’, whether he admits it or not, and the minutest details of his work are influenced by it. All art is propaganda. Neither Dickens himself nor the majority of Victorian novelists would have thought of denying this. On the other hand, not all propaganda is art.
(Charles Dickens, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.492 )

2010.8.25のエントリ修正。



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オーウェル06:ディケンズの登場人物について


(大意)
アルダス・ハクスリーによると、D.H.ロレンスは「バルザックは『巨大な小人』だ」と言ったそうだが、ディケンズについてもある意味それがあてはまる。ある大きな世界について、ディケンズはまったく知らなかったか、あるいは触れようとしなかった。人はディケンズから人生について直接学ぶことはあまりない。この点では読者はただちに19世紀ロシアの偉大な文豪たちを思い浮かべるだろう。なぜトルストイの把握力は、ディケンズのそれよりもあれほど巨大に思えるのだろうか―なぜ彼はそんなにも、あなた自身のことをあなたに語りかけてくるように思えるのだろうか。彼の方が才能に恵まれていたからではない。いや、最近の研究によると、彼の方がより聡明だったわけですらない。

その理由は、彼が成長する人々を描いたからである。トルストイの人物は人格形成のために苦闘している。それに対してディケンズの人物は、すでにできあがっていて欠けるところがない。私には、ディケンズの方がはるかに多く鮮明な臨場感を感じさせてくれるのだが、それは単純で変化しない態度によってそうなのであり、まるで絵画や家具のようなのだ。読者はたとえば「戦争と平和」のピエール・ベズーホフとならば、想像上の会話を交わすことができるだろうが、ディケンズでは無理である。その違いはトルストイの偉大な真剣さだけが理由ではない。読者はコミカルな人物、たとえばジョイスのブルーム、モーパッサンのペキシュ、さらにはH.G.ウェルズのポリー氏といった人物とでも、会話の場面を想像できるだろう。

つまり、ディケンズの人物は精神生活というものを持っていないのである。彼らは言わなければならないことを過不足なく語る。しかしそれ以外のことを話すとは想像できない。彼らは決して学ばず、決してあれこれ考えない。ディケンズの登場人物の中でもっとも思索的なのは、たぶんポウル・ドンビーだが、彼の思想は安っぽい感傷にすぎない。

ところで以上の点は、トルストイの作品がディケンズよりも素晴らしいということを意味するのだろうか。「素晴らしい」とか「劣っている」とかいう言葉で比較するのは、ほんとうは馬鹿げている。両者を無理矢理比較しなければならないとしたら、私はこう言おう。長い目でみれば、トルストイの方が、より広範な人々に訴えかけるだろう。なぜならばディケンズは英語文化圏以外の人には非常にわかりにくいから。また、ディケンズの声は素朴な人々には届くが、トルストイの方はそうはいかない。トルストイの登場人物は国境を越えるが、ディケンズの人物はタバコのおまけについてくるシガレットカードに描かれる。ソーセージと薔薇とを比較できないのと同様、両者のうちのいずれか一方を選ばなければならないということはない。かれらはほとんど重なることがないのだから。
(チャールズ・ディケンズ, 1940年)

According to Aldous Huxley, D.H.Lawrence once said that Balzac was ‘a gigantic dwarf’, and in a sense the same is true of Dickens. There are whole worlds which he either knows nothing about or does not wish to mention. Except in a rather roundabout way, one cannot learn very much from Dickens. And to say this is to think almost immediately of the great Russian novelists of the nineteenth century. Why is it that Tolstoy’s grasp seems to be so much larger than Dickens’s – why is it that he seems able to tell you so much more about yourself? It is that he is more gifted, or even, in the last analysis, more intelligent. It is because he is writing about people who are growing. His characters are struggling to make their souls, whereas Dickens’s are already finished and perfect. In my own mind Dickens’s people are present far more often and far more vividly than Tolstoy’s, but always in a single unchangeable attitude, like pictures or pieces of furniture. You cannot hold an imaginary conversation with a Dickens character as you can with, say, Pierre Bezukhov. And this is not merely because of Tolstoy’s greater seriousness, for there are also comic characters that you can imagine yourself talking to – Bloom, for instance, or Pécuchet, or even Well’s Mr Polly. It is because Dickens’s characters have no mental life. They say perfectly the thing that they have to say, but they cannot be conceived as talking about anything else. They never learn, never speculate. Perhaps the most meditate of his character is Paul Dombey, and his thoughts are mush. Does this mean that Tolstoy’s novels are ‘better’ than Dickens’s? The truth is that it is absurd to make such comparisons in terms of ‘better’ and ‘worse’. If I were forced to compare Tolstoy with Dickens, I should say that Tolstoy’s appeal will probably be wider in the long run, because Dickens is scarcely intelligible outside the English-speaking culture; on the other hand, Dickens is able to reach simple people, which Tolstoy is not. Tolstoy’s characters can cross a frontier, Dickens’s can be portrayed on a cigarette-card. But one is no more obliged to choose between them than between a sausage and a rose. Their purposes barely intersect.
(Charles Dickens, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.500 )


2010.8.23のエントリ修正。



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オーウェル05:ディケンズと「仕事」


(大意)
ディケンズは、ありふれた動機や愛、野心、金銭欲、復讐を作品で取り扱うことになんの困難も感じていない。ただし、かれは明らかに「仕事」についてはなにも書いていない。
(ディケンズ, 1940年)

He has no difficulty in introducing the common motives, love, ambition, avarice, vengeance and so forth. What he does not noticeably write about, however, is work.

(Charles Dickens, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.484 )


2010.6.5のエントリ修正。



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オーウェル04:現在の小説家


(大意)
しかしながら現在の小説家は絶望的に孤立しているため、典型的な現代小説というのは、小説家自身についての小説になっている。
(チャールズ・ディケンズ, 1940年)

…whereas a writer nowadays is so hopelessly isolated that the typical modern novels is a novel about novelist.
(Charles Dickens, 1940, An Age Like This 1920-1940, p.484 )


2010.6.5のエントリ修正。



このエントリーのタグ: 引用句 George_Orwell

オーウェル03:マラケシュ


(大意)
遺体が通ると、レストランのテーブルにたかっていたハエが、突然雲となって後を追ったが、しばらくすると戻ってきた。
葬儀の参列者たちは―男か男の子だけで女はいなかった―市場の中を、ザクロの木やタクシーやラクダの間を縫いながら歩いていった。短い嘆きの言葉を繰り返し繰り返し唱えていた。こうした葬儀がハエの関心を引くのは、この地では遺体は棺に入れないからで、布でくるんで、簡単な木の台に乗せ、故人の友人4人が肩かついで運ぶのである。埋葬場に着くと、深さ30センチから60センチの長方形の穴を堀り、そこに投げ込み、欠けた煉瓦のような乾いた土の固まりで覆う。墓石はない。碑名もない。誰であったかが分かるような目印はなにもないのである。埋葬場は荒れ果てただだっぴろい丘というだけで、たとえば廃墟となった建物が建っている土地を思わせる。一ヶ月か二ヶ月たてば、自分の家族がどこに埋葬されているのか誰にもわからない。
こういう街を歩き-20万人の住民がいるが、そのうち少なくとも2万人は、身にまとったボロ着以外はなにも持たない―彼らがどうやって生きているのか、特にいかに簡単に死んでいくかということを知ると、そこが本物の人間が住む街だと信じることがいつも難しくなる。実際、すべての植民地帝国は、そういう感覚を基礎として築かれているのである。彼らは茶色の顔している―それに、なんという数だ。彼らは自分と同じ生き物なんだろうか? 名前なんてあるんだろうか? いや、あれは単にまだ分類されていない茶色のしろもので、蜂やサンゴ虫のように群れとして一つの個体といった類の生き物ではないのか? 彼らは土から出てきて、数年間、汗を流し、飢えを忍んだ後、名もない墓場に戻っていくが、いなくなっても誰も気がつかない。そして墓場そのものもまもなく土に戻っていく。時折、散歩に出て、ウチワサボテンの間を通っているときに、地面がでこぼこしていることに気づくかもしれない。ある程度規則的に出合うようであれば、それは人骨の上を歩いているのである。
(マラケシュ,1939年)

As the corpse went past the flies left the restaurant table in a cloud and rushes after it, but they came back a few minutes later.
The little crowd of mourners – all men and boys, no women - threaded their way across the market-place between the piles of pomegranates and the taxis and the camels, wailing a short chant over and over again. What really appeals to the flies is that the corpses here are never put into coffins, they are merely wrapped in a piece of rag and carried on a rough wooden bier on the shoulders of four friends. When the friends get to the burying-ground they hack an oblong hole a foot or two deep, dump the body in it and fling over a little of the dried-up lumpy earth, which is like broken brick. No gravestones, no name, no identifying mark of any kind. The burying-ground is merely a huge waste of hummocky earth, like a derelict building-lot. After a month or two no one can even be certain where his own relatives are buried.
When you walk through a town like this – two hundred thousand inhabitants, of whom at least twenty thousand own literally nothing except the rags they stand up in - when you see how the people live, and still more how easily they die, it is always difficult to believe that you are walking among human beings. All colonial empires are in reality founded upon that fact. The people have brown faces- besides, there are so many of them! Are they really the same flesh as yourself? Do they even have names? Or are they merely a kind of undifferentiated brown staff, about as individuals as bees or coral insects? They rise out of the earth, they sweat and starve for a few years, and then they sink back into the nameless mounds of the graveyard and nobody notices that they are gone. And even the graves themselves soon fade back into the soil. Sometimes, out for a walk, as you break your way through the prickly pear, you notice that it is rather bumpy underfoot, and only certain regularity in the bumps tells you that you are walking over skeletons.
(Marrakech,1939,An Age Like This 1920-1940,p.426-427)


2010.6.5のエントリ修正。



このエントリーのタグ: 引用句 George_Orwell

オーウェル02:革命家オーウェル


(大意)
私は、年収が5万ポンドある人間と、週15シリングを稼がなければならない人間が、互いに協力できるとか、協力しようとするだろうとかは思わない。相互の関係の本質はきわめて単純で、追いはぎと被害者の関係である。追いはぎが突然改心するだろうと考えるべき理由はどこにもない。したがって、もし西欧諸国における資本主義の問題が解決されるべきだとしたら、三番目の選択肢を通じて、すなわち純粋に革命的な運動によって、根本的な変革によって、必要ならば暴力を用いて―しかしながら共産主義やファシズムのように民主主義の本質的価値への感覚を喪失してしまうことなく―なされなければならないだろうと思う。
(書評:フランツ・ボルケナウ著「国際共産主義者」,1938年)

I do not believe that a man with £50,000 a year and a man with fifteen shillings a week either can, or will, co-operate. The nature of their relationship is quite simply, that the one is robbing the other, and there is no reason to think that the robber will suddenly turn over a new leaf. It would seem, therefore, that if the problems of western capitalism are to be solved, it will have to be through a third alternative, a movement which is genuinely revolutionary, i.e. willing to make drastic changes and to use violence if necessary, but which does not lose touch, as Communism and Fascism have done, with the essential values of democracy.
(Review :The Communist International by Franz Borkenau,1938,An Age Like This 1920-1940,p.388)


2010.6.5のエントリ修正。



このエントリーのタグ: 引用句 George_Orwell

オーウェル01:スターリンへのインタビュー


(大意)
著者は一度、スターリンへのインタビューに成功しており、スターリンは単純で感じの良い人物であったと言っている。そういえばH.D.ウェルズも同じことを語っていた。事実、少なくとも映画の中では、スターリンは好ましい顔をした人物である。また、アル・カポネは最高に良き夫・良き父であったし、「浴槽の花嫁」で有名な連続殺人犯ジョセフ・スミスは、7人の妻のうちの3人を殺害しながらも、彼を心から愛してくれた最初の妻の元にいつも戻っていったのだった。
(書評:ユージーン・リヨン著「ユートピアにおける課題」,1938年)

He once succeeded in interviewing Stalin, and found him human, simple and likeable. It is worth noticing that H.G. Wells said same thing, and it is a fact that Stalin, at any rate on the cinematograph, has a likeable face. Is it not also recorded that Al Capone was the best of husband and fathers, and that Joseph Smith (of brides in the bath fame) was sincerely loved by the first of his seven wives and always returned to her between murders?
(Review: Assignment in Utopia by Eugene Lyons, 1938,An Age Like This 1920-1940,p.371)


2010.5.10のエントリ修正。



このエントリーのタグ: George_Orwell 引用句

J2 第36節 アビスパ 1-1  岡山

2018.10.6(土)
HOME

20分 1-0 城後 寿
49分 1-1 ジョン チュングン

城後がまた得点。
前節からの良い流れが続いているかなと思ったら、前半のアディショナルタイム中にあえなく失点。そんな場面で失点するかなあ。
結果引き分け。

松本引き分け。
町田引き分け。
上位がもたついている間に、差を詰めたいところだが、大分はなんと5連勝で首位奪取。

ここ5試合の成績を見ると、

1 大分 66 ○○○○○ 15 (5連勝)
2 松本 66 ○△○△△ 09
3 町田 62 ○△●△△ 06
4 福岡 61 △○●○△ 08
5 大宮 60 ○●○●○ 09
6 東京 60 ○△△○● 08
7 横浜 60 △●○●△ 05

大分を除けば、どこも似たり寄ったりのようだ。
その大分も、これから町田、松本、横浜FCとの対戦を残しているし、残りも、千葉、山口と、楽に勝てる相手ではなさそう。
アビスパは、町田を除けば、上位対決は終わっているが、下位チームになかなか勝てないので、まだなんともいえない…。
すくなくとも、プレーオフはまちがいないと思うのだが。

井原監督4年目だが、今回上がれなければ、さすがに来年はないだろう。
4年間の総決算として、ぜひ自動昇格を勝ち取ってもらいたいものだが、残り6試合で勝点差5は、おそらくギリギリのところだろうから、あとは連勝するしかない。

J2 第35節 アビスパ 3-1 大宮

2018.9.29(土)
HOME

01分 1-0 城後 寿
48分 1-1 大前 元紀
71分 2-1 城後 寿
84分 3-1 山瀬 功治

勝って7位から4位に浮上。
松本との勝点差5、大分3、町田1(ただし残り試合2多い)。

順延となっていた横浜FCを0-0で引き分け、京都に0-1で負け、結局勝点1しか稼げなかった。
上位との差を縮めるはずが、目算が外れた。
残り7試合で2位以内となれるかどうかはギリギリぎりのところ。

おまけに7位との差は3。
プレーオフ進出もまだ不透明。
大宮に勝ったぐらいで浮かれてはいられない。

J2 第22節 アビスパ 0-1 京都

2018.9.26(水)
AWAY
京都市西京極総合運動公園陸上競技場兼球技場

34分 0-1 小屋松 知哉

20位の京都。
自陣での輪湖のパスミスから先制され、そのまま敗戦。

これで、下位との3連戦を1勝1敗1分。

13位 千葉3-3 △
17位 愛媛3-2 ○
20位 京都0-1 ●

得点6、失点6。

昇格を目指すチームの成績ではないな。

J2 第34節 アビスパ 3-2 愛媛

2018.9.22(土)
AWAY
ニンジニアスタジアム

47分 1-0 小池 純輝
62分 1-1 石津 大介
69分 1-2 神谷 優太
76分 2-2 ドゥドゥ
88分 3-2 ドゥドゥ

17位相手の愛媛相手に2度も先行される苦しい展開。
ドゥドゥの活躍で、追いつき、追い越すことができたが、下位相手に、ここ2試合で5失点というのはどうしたことか。

GK杉山が久しぶりで先発したが、アビスパのGKというのは、やっぱり弱点なのかなあ。

7位から6位に。

J2 第33節 アビスパ 3-3 千葉

2018.9.16(日)
AWAY
フクダ電子アリーナ

13分 1-0 鈴木 惇
15分 1-1 船山 貴之
49分 1-2 船山 貴之
72分 2-2 吉本 一謙
82分 2-3 船山 貴之
93分 3-3 城後 寿

相手のスナイデル監督は、素晴らしい試合だったと満足しているようだが、所詮は13位の下位チーム。
自動昇格を目指すアビスパとしては、そんなレベルに付き合ってはいられない。

鈴木淳の素晴らしいミドルシュートで先制した以上、突き放して勝つべきだったのだが、キーパーの圍の調子がおかしく、PKを与えたのはやむおえないにしても、コーナーキックからの2失点目は情けない。3点目も止められなかったのか。

こんなところで足止めとは、なんともガックリ。

城後のおかげで助われたものの、6位から7位に後退。

近現代詩歌

池澤夏樹=編
河出書房新社
池澤夏樹=個人編集 日本文学全集29
p.448


日本の現代詩のだいたいのところを読んでみようと思って、これが手っ取り早いかなと思って読んでみた。
明治から平成までの詩を池澤夏樹、短歌を穂村弘、俳句を小澤實という人たちがそれぞれ選んでいる。
短歌と俳句は関心がないのでナナメ読み。

詩は島崎藤村から入沢康夫まで41人。
一人につき1つか2の詩。

金子光晴と中野重治しか印象に残らなかった。

現代詩は、田村隆一、谷川雁、大岡信、荒川洋治、谷川俊太郎 とか、名前を聞いたことがある人たちの詩をたぶんはじめて読んだけれども、よくわからなかった。

といってあわてる必要もない。
そのうちわかるようになるかも。



島崎 藤村
1908
新潮社
新潮文庫
p.386


島崎藤村をはじめ、同人誌「文学界」に集った若者たちを描く自伝的小説。

作中の青木のモデルは、わずか25歳で亡くなった北村透谷。
かれの痛ましい姿が印象的。



破戒

島崎 藤村
1906

岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.440


英語でniggerという言葉を読んでも、その言葉の持つインパクトは伝わってこないが、日本語では普通使われることない差別的な蔑称が堂々と出てくると、さすがにたじろいでしまう。アメリカ人がトムソーヤーとかハックルベリーフィンとか読むときに感じる、その中で使われている用語に対する抵抗感というのは、こんな感じなのかもしれない。

日本の自然主義文学の先陣を切った作品として、この作品が日本文学史に占める位置は高く、誰でもその名前は知っている。
知っているけれども、テーマが重たいので、これまで敬遠してきた。

読んでみると、それほど難しい話ではなく、最初は単語にとまどうけれども、そんなに抵抗感なくすらすら読める。
タイトルが戒めを破るという意味であるというのも、読んでみて初めて知った(なんとなく破壊と混同して考えていた)。

ただし、その限界は明確である。
被差別部落出身の主人公を描く作家の姿勢は、それがおかしいという批判はしていても中途半端で、しかたがないのだと半分以上肯定しているようにしかとれない。だからこそ最後の教室のシーンで、丑松が生徒に跪いて詫びるのだが、いくらなんでもあんまりだ。水平社宣言が出るのが1922年、それから15年後だとしても、時代的な思想上の制約はあるとしても、その感覚は批判を免れない。

島崎藤村は才能あふれる文学者であることは間違いないが、こうした題材をとりあげて、あえてこのような展開にしてしまうというのは、どこか欠落を感じさせる。われわれは作家に道徳家を求めているわけではなく、トルストイやドストエフスキーといった人々も別に人格者でもなんでもなく、個人生活ではかなり悪辣なところもあったはずだが、こと作品世界においては、人間の尊厳に対する感覚は信頼できる。そこのところが少し、いやずいぶん違うと思う。

戦争と平和(六)

トルストイ
Война и мир
1865-69
藤沼 貴=訳
岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.535


ナポレオン軍の退却
ピエールの救出
ナターシャとの再会

有名なエピローグ第一部はその後の後日談。
ナターシャが太り、健康な主婦となっている。
子供にアンドレイと名付けているのは泣かせる。
ニコライとマリアは理想的な夫婦に。
ソーニャに対する冷たい扱いはどうしたことかと思うが、現実によく起こりそうなことであり、これぞトルストイのリアリズム。

エピローグ第二部はトルストイのナポレオン戦争に関する考察。

作品中にもところどころあらわれる論文部分は、最初はもっと大量にあって、まわりの反対で最低限まで切り詰めたそうだが、それでも多い。特に興味があれば別だが、そうでなければ作者がそうしたいんだから仕方がないとあきらめて、適当に読み飛ばすしかない。
というふうに、かなりいい加減に読んでしまいました。

トルストイはトルコとのクリミア戦争(1853-1856)に参加し、激戦を経験しているので、アンドレイやニコライやピエールが経験する戦争に関する描写はそのとおりなのだろう。
けれども、どこか牧歌的に思えるのは、われわれはトルストイの見ていない第一次、第二次世界大戦を経験しているからだろう(トルストイは1910年に亡くなっている)。われわれはもっと悲惨で冷酷で残酷な戦争を経験している。しかしその戦争は、トルストイがこの作品のあちこちで何度も述べているような戦争哲学や歴史哲学、戦争というのものは計画的・戦略的に行われるものではなく、誰も把握できないままでたらめに進んでいくものであり、またひとりの英雄や将軍が世界を動かしているではなく、かれらは歴史によって動かされる表象にすぎず、多くの人々の無意識の力、歴史の力が世界が動かしているのだという理論により近い世界のようだ。



戦争と平和(五)

トルストイ
Война и мир
1865-69
藤沼 貴=訳
岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.535


第四部第二編まで。
モスクワ放棄
アンドレイとナターシャの再会
ピエールの逮捕
ニコライとマリアの再会
ピエール捕虜に
ナポレオン軍の退却



戦争と平和(四)

トルストイ
Война и мир
1865-69
藤沼 貴=訳
岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.558


第三部第二篇まで。
ナポレオンのロシア侵入
ニコライとマリアの運命的出会い
ポロジノの戦い
ピエールの戦争見物
アンドレイの負傷



戦争と平和(三)

トルストイ
Война и мир
1865-69
藤沼 貴=訳
岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.498


第二部第五篇まで。
ナターシャを中心に物語が展開。
ナターシャとアンドレイ。
駆け落ち事件と破局。



戦争と平和(二)

トルストイ
Война и мир
1865-69
藤沼 貴=訳
岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.572


第二部第二篇まで。

巨額の遺産を相続したピエールの結婚と破綻と決闘。フリーメイソン加入。
アンドレイのアウステルリッツ参戦と負傷。



戦争と平和(一)

トルストイ
Война и мир
1865-69
藤沼 貴=訳
岩波書店
ワイド版岩波文庫
p.513


この岩波版では、当時の風俗や軍隊の階級、お金のことなど、作品理解に役立つコラムをところどころに入れるという思い切った試みを行っている。

これらの情報はたしかに役立つが、本文の流れをぶち切ってしまう。それで結局、最初にまとめて読むことにしたのだが、それならば、本文中に入れるより、後ろにまとめてもらっていたほうがよかったのではないかと思う。

「戦争と平和」は高校2年のときに読んで、それで読んだことにしておいたのだが、内容はまるで忘れてしまっていた。

白くてきれいな3冊本で、今調べてみると、中央公論社の「新集世界の文学」の17,18,19巻で、訳者は原卓也。




岩波の本書第一巻は第一部第二編まで。
たんたんと読み進める。

当時のロシアの評論家ストラーホフが「人間生活の完全な縮図」といい、サマセット・モームが「世界の十大小説」のなかで激賞している本作品、わたしにとってははたしてどうだろうか。



贖罪のヨーロッパ 中修道院の祈りと書物

佐藤 彰一
中央公論社
中公新書
p.286


前著「禁欲のヨーロッパ」では6世紀頃までを扱っていたが、本書は5世紀から12世紀頃までの修道院の推移。
修道院についてはまったく知らないことばかりで、本書の内容は濃すぎて正直ついていけていない。



禁欲のヨーロッパ 修道院の起源

佐藤 彰一
中央公論社
中公新書
p.282


修道院における禁欲。
どうやって成り立ってきたかを、ギリシャ・ローマ時代までさかのぼって論考する。


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